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熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜

旅の本質とは、「自分の貨幣と言語が通用しない場所に行く」という点にある。 貨幣と言語は、これまでの自分が築き上げてきたものにほかならない。それが通じない場所に行くということは、すべてが「外部」の環境に晒されることを意味する。 そうした環境では自己愛は成立し得ず、裸形の自分がさらけ出される。必然的に自分と向き合わざるを得ない。つまり自己検証、自己嫌悪、自己否定を余儀なくされるのだ。 旅ほど人生を改変することに作用するものはないと思う。 #読書という荒野

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熊崎雅崇のトーク
トーク情報
  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    死が絶望ではなく永遠の安息だとしたら、生とはなんだろう?僕は今のこの一瞬にかりそめに生きている。悩み、苦しみ、もがきながら生きている。古代でもなく、戦国時代でもなく、明治時代でもない。昭和25年12月29日に静岡県清水市吉川450に生まれた。その前は僕は存在しなかった。僕が死んだ後も存在しない。しかし、世界は続く。何故、日本の静岡県清水市に生まれたのか?何故、イタリアのジェノバではなかったのか?何故、昭和の時代だったのか?死とは現実からの消失である。一夜の夢のように人の人生は消える。人生、夢幻の如し。それで良し。

  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    1万年前もあったのだから1万年後もあるだろう。1万年だってあっという間の時間だということだ。生命って何だろう?一瞬を生きて死ぬ。1万年後の人たちにとって令和2年の時代なんて有史以前の時代になっているはずだ。歴史に残っていない。だから、時間など存在しない。時間とは便宜上人間が決めたものだ。本当は時間は流れていない。ただののっぺらぼうだ。無だ。今を生きている僕たちだって実はは存在しないと同じだ。ただの泡なのだ。そう思えば気持ちが楽になる。千年前に死んでも今死んでも、同時に死んだようなものだ。それを認識した上で圧倒的努力をする。戦う。それしかない。

  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    ベッドの上。耐えていたものがジクジクと染み出して胸が詰まる。73歳になってしまった。こんなはずではなかった人生。あの日あの時、違う道を選べたはずだがこの道を選んだ。いや、選ばざるを得なかったのだ。そうやって日々は過ぎて行く。ここまで来た。戻れぬ道は誰も同じ。今日もまた選択肢の中から一つを選ぶ。目を閉じて狂うしかない。僕にとってそれが生きるということだ。

  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    何が憂鬱かと言って、ロングブレストレーニングとウェイトトレーニングをやる直前ぐらい憂鬱なことはない。何が快感かと言って、それが終わった瞬間ぐらい気持ちが良いことはない。

  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    明け方、不安と共に目覚めて、眠れない。何が不安なのか?不安の根源ははっきりしない。とにかく不安なのだ。あれが上手く行っていない気がする?あの言葉が相手を傷付けたかも知れない?ああいう手を打ったが間違いではないのか?あれは早く撤退しておけば良かったか?これから会社の業績はどうなるのか?自分の気付かないところで沢山の悪意が進行している気がする?あの誤解は何故、生じたのだろう?自分は裏切られているのではないか?自分の想いは届いていないのではないか?生きるとは何だろう?様々な想いが黒い塊りになって内臓にズシンと来る。明日は破滅するような予感…。昨夜は楽しい会食だったのに、うなされるように目覚める。思えば幻冬舎を設立してから不安と恐怖と背中合わせに生きて来た。多分、それはこれからも続く。

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  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    一日の中で早朝が一番キツい。漠とした不安と毎朝戦う。20代、30代の頃は金はなかったけれど、大した不安はなかった。毎夜のように恋人と飲み歩いた。それをフライデーやフォーカスをされた。困り果てたけど不安は一つもなかった。無軌道な日々だった。今の箕輪厚介が羨ましい。

  • 熊崎雅崇/しじみ社長🐚🍜
    見城徹見城徹

    あなたがのし上がりたいとして、今、あなたがくすぶっているのは自己検証が足りないからだ。自分がイメージするあるべき姿に対して間違った思考を続けているからだ。先ずは正確な言葉で自己検証する。正確な自己検証が出来なければあなたの人生は動かない。圧倒的努力はその後だ。