ちゅーそんのトーク
トーク情報- ちゅーそん
ちゅーそん 中学生の時、毎週月曜日に[ろくでなしBLUES]を読んで、喧嘩が強くなった気になった。高校の時、毎週水曜日に[特攻の拓]を読んで、喧嘩が強くなった気がした。
755を拝見して、自分もそういう世界のそばにいると思ってしまうことがある。でも実際には、ドメーヌ・ルフレーヴ ピュリニー・モンラッシェプルミエ・クリュを口にする機会なんてない。
[足るを知る]
「足るを知る」の意味は、身分相応の満足を知ること。自分の置かれた立場や今の状況などを指しています。
「足る」とは、十分であること・満たされていること。それが身分(自分の今の状況)にふさわしい満足感、という意味を表しています。したがって「足るを知る」とは、現在の自分の状況に満足する、今目の前にあるものに対して感謝する、という意味。
[おかれた場所で咲いてみろ、まずは目の前のことと格闘しろ]
[厨房の哲学者]の脇屋友詞さんの著書。見城さんが脇屋さんの本に向けて語られた言葉。
努力なくして、楽にそこにいるわけで決してない。なった気になるより、そのことを知り得れる、この755に感謝して、目の前のことと格闘することだ。
[読書という荒野]の見城さんのサイン本。これが見城さんとの距離が一番近い宝物である。そこにある、「正面突破!」。この言葉を何度も見返している。 - ちゅーそん
ちゅーそん 冷静と情熱のあいだ 2001年11月公開
竹野内豊、ケリー・チャン
フィレンツェのオレンジの煉瓦色で統一された街並み。工房で絵画の修復士を目指す順正は、過去に生き、過去を修復し続けていた。それは10年前に別れたあおいとの過去を修復しているかのように。
同じような気持ちのあおいもまたミラノで過去を生きていた。約束の10年後のドゥオモでの待ち合わせ。二人が持ち得ている唯一の未来に、二人が交差することは叶わないとは知っていながらも時間だけが迫ってくる。
過去に生き、唯一の未来を願いながら、これからくるいまに望む。
奇跡的に二人が出会った10年後のドゥオモでは、お互いに想いを告げることはできなかった。あおいは、友達に会いに来たついでだと嘘までついて。
過ごした10年という月日の二人の異なる世界や制約に、その目には見えない境界線をお互い踏み出せなかった。
しかし、冷静のあおいの本心を順正が知り得たものは、あのxxx。とストーリーはクライマックスのこの辺まで。
当時の私はこの映画を2回見に行っています。そして涙しています。2002年にカナダへの留学を決めていた私は、地元の藤沢を離れる積み重ねた過去との訣別と、キングストンでの新たな生活の未来の狭間におり、竹野内豊のイケメンで影のある演技と、ケリー・チャンの美しくも可憐な振る舞いに、また、イタリアの石でできた街並み、絵画と音楽の歴史、それらの世界観に底なしに沈んでいったものです。
そんな私は、2005年に新婚旅行でフィレンツェのドゥオモを妻と訪れています。
そんな思い入れのある映画を、妻と想い出話をしながら楽しんだ本日の午前。晴天なり。