MiRAIのトーク
トーク情報MiRAI K0183K0183 見城さん、755の皆さま、こんばんは。
石原慎太郎さんの『戦士の羽飾り』の「過去」の章を拝読しました。
「男は過去の呪縛、過去の体験の規則から逃れられない」
男は過去から逃れられない。だが、過去に縛られているのではない。
年齢を重ねるほど、過去は優しくなるどころか、むしろ容赦なくなる気がします。
前に進むことに必死で振り返る余裕もなかったはずなのに、とうに忘れていたことが不意に胸を刺し、置き去りにしてきたものの重さを今になって思い知らされる。
「男の昔語りは、ただのノスタルジイでなく、昔を語ることで、実は今の自分を語っているのだ」
今こうして過去を見つめると、あの頃の未熟さも、愚かさも、喪失も、後悔も、すべてが今の自分を形作っているのだと分かります。
過去の呪縛から単に逃れられないのではなく、逃れられないほど深く刻まれたものを背負って、男は生きているのだ。
過去を抱きしめたまま、それでも今を生き切る。それが男の生き方なのだと。
正直、誠実、善良、真心。
本日もよろしくお願い申し上げます。- MiRAI
MiRAI [戦士の羽飾り 石原慎太郎]の「過去」の章、私も深く感銘を受けています。
「男は人格として持続し起伏し、更に持続する。」
「例えば、過去に心ならずも人を殺してしまったという体験を持つ男の持つ居ずまいのように。・・。」
石原慎太郎さんの言わんとされることが心に染みます。
[栄光のバックホーム]で父親役の高橋克典さんが、母親役の鈴木京香さんに「中途半端」と言われてしまいますが、断じてそうではないと私は思う。男は仕事、環境、自分を支える様々な土台に人格として呪縛されているのであって、息子の命を左右する局面においても、ある意味、息子とは男と男の関係。父とはいえ女と違って簡単に自らの人生の集積を外すわけにはいかない。
中途半端という言葉は男にとって辛辣で酷い言葉であるのに、しかしそれを乗り越え、一人になって考え、父親高橋克典さんは自分を捨てて同意する。だからこそ私はあのシーンで信じられない程の涙がこぼれ出ました。
あの静謐なたたずまいも、この「戦士の羽飾り 過去」の章を読むと、改めて深みを感じます。勿論、映画とこの章を直接的に結びつけるのは行き過ぎだと認識はしていますが。
石原慎太郎さんの、歯に衣を着せぬ言葉は刺さりますね。今のご時世だと女性への侮辱としか捉えられないでしょうが。しかし、男は男としての記憶の喪失をしてはならないと、そう自覚させられます。
