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ikutama
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学校の近くの海と砂浜。その影響力は計り知れない。海と青空は理屈抜きに心を癒す。 私は高校時代に、家から少し離れた三河湾を眺めに行っていた。磯の風を浴びてキラキラ光る夕陽を眺めると心まで輝いた。 私の755のホーム画面は旅先で訪れた大磯、吉田茂邸の景色の一部を切り取ったもの。海と空が人に与える力に圧倒される。

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ikutamaのトーク
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  • ikutama
    ikutama

    じんわりとした仕事の苦痛に恐怖して、週末を楽しみにして過ごす。週末が来ても、したいことがあるでもなく、何となく過ごす。幸せな時間でもあり、つまらなくもある。それもこれも、自分の事ばかり考えているから。心の暗愁に蓋をしているから。心を交わす事なく、人とすれ違い、鏡を見ずに服を着て、感動する事なく食事を済ませ、力を余したまま眠りにつく。
    職場へ行ったら苦しもう。面倒な事に関わろう。人と丁寧に関わって、こんな自分を変えていこう。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    表面的であることを避けるだけで結果は随分と違って来る。自分のやっていることが小手先で付け焼き刃でその場凌ぎで帳尻合わせであるかどうかを一番知っているのは自分自身だ。自分自身を検証すれば道は開けるのに何故、人は自己検証を怠るのだろうか?
    自己検証すれば自己嫌悪がやって来る。自己否定せざるを得なくなる。今までの自分を改める。本当はただそれだけのことだ。
    自己検証。自己嫌悪。自己否定。
    その後は、
    暗闇のジャンプ。圧倒的努力。正面突破。

  • ikutama
    ikutama

    昨日私は、自己検証と自己嫌悪で苦しみ抜く見城さんの投稿をリトークし、それとは対照的に、感動も絶望もなく、ただぼんやりと消えていきそうな自分について書きました。
    今日は、見城さんの投稿を何度も音読しました。自己嫌悪とともに生きる。未練を残して死なないために、絶望し切るまで生きる。正面突破。

  • ikutama
    ikutama

    先日、映画館で[栄光のバックホーム]を観たとき、「自分が成すべきこと」について問われた瞬間がありました。そのときにはっきりと感じた“案件”について、今日、上司に提案し、プロジェクトとして始動することになりました。このことが原因で左遷されたとしても悔いはない。絶望し切るまで戦い、タイムアップを迎えたい。
    久々に、心地よく頭が回り始めたのを感じています。
    薔薇の道を正面突破する。
    横田慎太郎さんとの約束を果たします。

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  • ikutama
    久々原仁介久々原仁介

    ikutama様

    こんばんは。KRY山口放送まで見ていただけたこと、そしてあの短い時間の中にある想いを、ここまで丁寧に汲み取っていただけたこと本当に、ありがとうございます。

    下関の海で育った自分が、別の海の出来事を書くということには、ずっと迷いとためらいがありました。おっしゃる通り、そこにはどうしても拭えない自己嫌悪や、言葉にしていいのかという葛藤がありました。それでも書いたのは、あの「距離」と「届かなさ」を、どうしても形にしたかったからだと思います。
    誰も望んではいないのかもしれません。それでも僕は、伝える責任を負いたいと思いました。

    それと同時に僕は弱い人間であり、この弱さを克服しようとしない卑怯な人間なのだと思っています。
    この弱さを見てくれ、弱いまま生きる僕を正面から見てほしい。そんな僕自身の大人になりきれない感情が物語には散らばっていると思います。

    響け。
    届け。
    この叫びを。
    このうえない衝動を。

    読んでほしい。僕は人に一緒の時間を歩んでほしいなんて、言うことができない人間だから。せめて僕の心だけは、あなたの本棚に入れてほしいと願うんです。
    それが僕の精一杯の生き方なんです。

    次回作についても触れていただき、ありがとうございます。
    「孤独」をどう捉えるかは、これからも自分の中で向き合い続けるテーマだと思っています。

    構想を少しずつ組み立てますので次回作もぜひよろしくお願いします🙇

    久々原仁介

  • ikutama
    ikutama

    久々原仁介様
    私の拙い感想に丁寧なご返信をいただき、本当にありがとうございます。
    [海のシンバル]の響きが、更に深く心に残っていくのを感じています。
    相手がいるからこそ生まれる「距離」と「届かなさ」。その隙間を埋めるために踠き続ける姿に心打たれました。
    心を誤魔化さない正直さ。
    役割を果たす誠実さ。
    自ずと相手を想う善良さ。
    そして、それらを丁寧に伝える真心が、作品の中に確かに息づいていることを感じました。
    久々原さんが向き合い続けてこられたものが、この物語に確かに込められていると改めて実感しています。
    次回作、心から楽しみにしています。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    自意識は強いけど、自分を恥じていて善良な人。自分の無力を痛感しながら全力で生きている人。いつも片想いに涙している人。そんな人が僕は好きです。いいじゃないか、それで!

  • ikutama
    ikutama

    『自分を恥じる』という言葉が胸に刺さりました。「恥じる」とは、“本来あるべき自分”とのズレに対して痛みや嫌悪を感じること。今の私には、この部分が決定的に欠けていることに気づきました。
    「失敗したくない。目立ちたくない」と隠れ、理想を思い描くこともしなくなっている。
    恥から逃げるのではなく、恥を忍ぶ、恥を引き受けてバネにすること。
    前回リトークさせていただいたときとは、違う自分を見つけています。見城さんと皆様、755に感謝します。

  • ikutama
    久々原仁介久々原仁介
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    小説を書くということについて。

    小説を書くという行為は、誰かに評価されるためだけのものではないと思っている。むしろ、自分でも持て余してしまう感情や、うまく言葉にできなかった記憶や後悔を、どうにかしてこの世界に残そうとする行為に近い。しかしその表現方法もよく考えると、正しいものではないような気がする。僕にとって執筆は世間に対して顔向けしづらい、なんだか後ろめたさを煮詰めた爆弾のようなものに近い。

    楽しいから書く、という瞬間ももちろんある。けれど実際には、それだけでは続かない。書かずにはいられない何かがあるから、時間を削ってでも向き合ってしまう。時間とは、人生そのものだ。この時間があれば、両親にもっと親孝行できるのかもしれない。仕事に打ち込めて出世できるかもしれない。大切な人たちと向き合えるかもしれない。
    そんな大切な時間になり得たかもしれない。
    けれど書いている間だけは、自分の弱さや醜ささえも肯定できる気がする。

    だから小説は、とても不器用な表現だと思う。遠回りで、時間もかかるし、読まれる保証もない。それでもなお、誰か一人に届くかもしれないと信じて書く。その“かもしれない”に、自分の時間や人生を賭けている。

    もし読んでくれる人がいるのなら、その人の中にほんの少しでも何かが残ってくれたらいい。それが救いになるのか、傷になるのかはわからないけれど、それでも確かに触れた証として。

    書くということは、世界とつながろうとする、ささやかな抵抗なのだと思う。

  • ikutama
    ikutama

    久々原仁介さん、リトーク失礼します。
    「小説を書くことについて」の投稿ありがとうございます。書くということに、心の声をひっそりと世界に刻むような、優しさと強い覚悟を感じました。
    『時間とは、人生そのものだ』という言葉、強く実感しました。久々原さんにとって小説を書くことが本当の意味で“人前に立つ”ということのように感じました。「私にとってのそれは何だろうか」と考えさせられました。
    生きるということを深く考えるきっかけをいただきました。ありがとうございます。