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ikutama

自分の人生を最後に評価する。逝く意味、残る意味を考える。死を目前にした感覚は、一日の終わり、眠る時にと似ているのだろうか。悔いなき死のために、今何をするか。力を尽くして眠りにつきたい。

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  • ikutama
    見城徹見城徹

    夏草や兵(つはもの)どもが夢の跡 

    旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
                 ーー芭蕉

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    見城徹見城徹

    自分を棄てる。無私無我無欲。人生の最終結論。それが、多分「死」だ。魂の再生。
    天人五衰。「死」を目指して生きる。

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    ikutamaikutama

    『夏草や 兵どもが 夢の跡』調べると、芭蕉はこの句を記す前に、杜甫の「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」を想い、時を忘れて涙を流した。
    人の世は壊れても、自然は残り、季節は巡る。
    美しく死ぬために生き、美しく生きるために死ぬ。

  • ikutama
    ikutamaikutama

    調べると、「枯野」は冬を表すとともに、春の訪れを予感させるもの。身体は病に伏しても、心はまだ見ぬ新たな枯野を駆け巡る。
    絶えず変化する景色から美と感動を見出す芭蕉。疲れなんて微塵もなく、無尽蔵の好奇心が身体を飛び出して、益々自由に景色を巡る様子が目に浮かぶ。
    辞世の句を求められ『平生即ち辞世なり(日々一句一句を辞世の思いで詠んでいる)』と答えたという。日々を丁寧に生きた芭蕉に真の強さをを感じる。

  • ikutama
    ikutama

    芭蕉の句が紹介されたときに、その句の意味を調べ、そこに込められた想いを想像し、755に投稿した。
    天人(理想、完全、永遠)と五衰(崩壊、腐敗、終わり)、と向き合った三島由紀夫。『男とは原理。男とは自己犠牲』と石原慎太郎さんと語り合い、45歳で死んだ。『三島さんが死んで日本は退屈になった。これで僕も死んだら、日本はもっと退屈になるだろう』晩年の石原慎太郎さんは言い、自分の人生を生き切った。“生命力”に満ちたそれぞれの生き方。その温かさを、遠くから感じとる。

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    戦士の羽飾り〔角川書店〕石原慎太郎
    読み終えて気づく『戦士の羽飾り』という題の重み。戦いには無関係の装飾で、自分の存在を示し、そのために命を落とすかもしれない装飾。それでも掲げる「戦士の羽飾り」。それは誇り、美意識、覚悟。それを掲げて現実を戦い抜いた石原慎太郎。

    戦争体験を抱えて生きた漢達の昔話に戦慄し、背筋が伸びた。
    『伝令を伝え、そのまま疲れ切って倒れて死ぬ兵士…沼を渡れず倒れた戦友の体をすまんすまんと踏んで渡った』『たった一人飛ぶ戦闘機の孤独、三度落ちても助かった人間だけが知る恐怖』
    [「私」という男の生涯]の最後の一文、『あの賀屋さんが言っていた通り死ぬのはやはりつまらない』その言葉の主である賀屋興宣さんについて書かれた部分には、驚きと感動に満ちている。特に『一晩中、何かを語りかけながら夫人の亡骸を手でさすり続けた…翌日納棺の時も夫人の亡骸はまだほのかに温かった』というエピソードに桁違いの人間力を感じました。
    そして、最後に『充ち足りていた青春は、充ちたりていた故に悔やまれる』「満たされなかった故に充ちたりていた」という石原慎太郎さんの言葉。自分の人生を再評価するきっかけをいただきました。

  • ikutama
    MiRAIMiRAI

     まずもって、この書籍によって戦場の生々しいリアリズムが私の心の中に深く入り込みました。この事は生涯、私の心から消えて無くなることはないと思います。

     壮絶な体験をまるで口頭で語られているかのような感覚に読み手を導き、唸らせる石原慎太郎さんの一言一句。人として、一人の日本人として、そのリアルを叩き込まれ、立ちすくむ気持ちにさせる。

     そしてさらに。そのお一人おひとりの在り方やたたずまいを想像させられ、なんと私は「極」を知らず、彷徨いながら逃げ、薄い生き方をしてきたのかと。自分自身を省みずにはいられなくなる。そんな本だと思います。

     [戦士の羽飾り 男の博物誌 石原慎太郎]。この本が、この世から消えて無くなることがありませんように。そのように心から願います。

  • ikutama
    ikutama

    MiRAIさんの[戦士の羽飾り]と石原慎太郎さんに対する深くて熱い想いが込もった投稿に、大変刺激を受けました。私が整理しきれない想いを代弁して頂いたようで胸のすく思いがしました。
    戦争の記憶、それを語る戦後の漢達、それが出版された時代、そしてそれから先の石原慎太郎さんの人生と、その書籍。新刊では決して体験できない読書体験でした。この本を紹介して頂いた、あの時のMiRAIさんの言葉は、真っ直ぐに私に届きました。本当にありがとうございます。

    いつも私の拙い投稿にお付き合い頂き、ありがとうございます。755は私の青春です。満たされないことに、どう向き合うか、学ばせてもらっています。これからもよろしくお願いします。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    自分の狡猾さを棚に上げて、人の幸せなど祈れる訳がない。先ずは自分の狡猾さを強く自覚すること。狡猾さを抹殺出来ない以上、先ずはそこから始めるしかない。それが今の段階の誠実さというものだ。それで滅ぶならそれでいいじゃないか。清水に帰ってささやかに生きる。そんな選択もあるなぁ、と海を見ながら強く思った。

  • ikutama
    ikutama

    この投稿が自分の芯に直撃しました。
    狡猾=自分だけが得しようと、さりげなくずる賢いこと。
    この言葉が私の生き方を表しています。狡猾だから、いつまでたっても気配りができず、行動が雑で、成長が無い。その狡猾さを自覚する。たとえ絶望して立ち上がれなくなったって、このまま生きるよりはいい。自分の慰めのためではなく、本当に人を想い、誰かのために生きたい。だから自分の狡猾さを強く自覚します。