K0183のトーク
トーク情報- K0183
K0183 見城さん、おはようございます。
今朝のご投稿を拝読して、しばらく動けませんでした。
「今の人生を辞めて新しい人生を生きる」――。
75歳にしてなお、今の自分を脱ぎ捨てて別の人生を生きたいと願う。けれど、「そんなことは可能だろうか?」と自らに問い、絶望的な気分になる。
変わりたい。でも、変われるのか。
その渇望と断念のあいだで引き裂かれる苦しみが、痛いほど伝わってきました。
それでも見城さんは書かれた。
「善良、真心、正直、誠実。それだけあればいい」と。
すべてを辞めたくなる朝に、この四つの言葉だけは手放さない。発狂寸前の淵で、それだけを握りしめている。その姿に、打たれます。
これまで生きてきた人生のすべてを引き受けて、戦い続けてきた人が辿り着いた、静かな、けれど純粋な生き方。
整った言葉だけが真実を語るわけじゃない。支離滅裂な朝の叫びにこそ、嘘のない人間がいる。
見城さんの「SOMEDAY」という一語に、絶望の底からなお手を伸ばす人の姿を見ました。
今日も「やせ我慢」します。
「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
三上雅博さんがリトークされた2019年5月の見城さんのご投稿を拝読し、感想を添えさせていただきました。
日曜日は朝から翌日夕方までの勤務でした。今日も朝から明日の夕方まで。昨夜は緊急の仕事が入らず、眠ることができました。ただそれだけのことが、ありがたい。
毎月の勤務体制は部下たちの都合を優先して組んでもらっています。だから、こういう詰まり方は度々あります。普段しっかり、「自己犠牲、やせ我慢、遠慮」して働いてくれていますので、有給も自由に取らせています。
昔は2泊3泊が当たり前にあった。ふとした瞬間に、今の「働き方改革」という時代の潮流に、ある種の生きにくさを感じることがあります。かつては望めば倒れるまで働くことができた。その過酷な時間の積み重ねの中にこそ、技術の深淵に触れる悦びがありました。
今は、努力したくとも好きなだけ努力することが許されない空気がある。望む人間にすら、その機会が閉ざされつつあることに、不条理を覚えます。
「極限の努力をやる人なんてあんまりいないんだよね。だから極限の努力をしている人は独走状態」
見城さんのこの言葉が、今の時代、ますます重く響きます。極限の努力をする人間も減った。極限の努力を許す環境も、減った。
私がこの世界で何とかやれているのは、長く、深く、この環境に曝され続けたからです。「1万時間の法則」ではありませんが、私は若い頃1万時間では足りないくらいの時間を費やしてきた。それでもなお、自分はまだ未熟だと思う。
極限まで追い詰められて、初めて見える景色がある。あの時間の中に、今の私の全てがある。
圧倒的努力で、正面突破で。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 https://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/20110311.html
震災直後に、立教新座中学・高等学校の渡辺憲司校長が卒業式の中止にあたって生徒に送ったメッセージです。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま。
2011年3月11日、震災の瞬間、私は羽田空港にいました。
その現実を知り、この世のものではない光景に凍りついた記憶は今でも鮮明です。
その後、初めて手に取った『GOETHE』2011年6月号に、立教新座中学・高等学校の渡辺憲司校長のメッセージが掲載されていました。
あの日を境に世界が別のものに変わり、何もかもが揺れていた中で、この言葉に出会えたことが、どれほど大きかったか。当時の私は長いスランプの暗闇の中にいました。自分の夢が何であるかも分からなくなりかけていた。
あれから15年。
この日には、渡辺憲司校長の言葉を思い出します。
先日読み終えた久々原仁介さんの『海のシンバル』もまた、震災の悲劇と爪痕を描いた作品だった。この時期に読めたことには、意味があった。
あの日は、残酷だった。
そして今も、決して優しくない。
悲しみも、孤独も、恐怖も、喪失も、未熟さも、すべて現実を直視した先にしか、道はない。
亡くなられた方々への鎮魂の祈りを捧げます。
あの日を忘れない。
そして、人は忘れないだけでは足りない。
忘れえぬ日に恥じないように、今日を生きなければならない。
今日もまた、自分に問いながら進みたい。
正直、誠実、善良、真心を尽くしているか。
正しく在れているのか。
ただ生き延びるのではなく、支えられるだけでなく、少しでも支える側へ。
愛されることを求めるのではなく、愛する側へ変わる。
そうやって、一日を生きていきたい。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今日、私のもとに『戦士の羽飾り』が、無事に届きました。
『野生時代』編集者だった頃の見城さんの、圧倒的努力の結晶。その重みを、ずっしりと感じました。
購入方法をご教授くださった秋山監督、ご紹介いただいたMiRAIさん、そしてアドバイスをくださったikutamaさん、本当にありがとうございました。皆さまのおかげで、かけがえのない一冊を手にすることができました。
早速、最初の章「男と女」を拝読しました。
「男らしさとは何なのか」——その問いが、静かに、深く突き刺さる。
答えとして綴られていたのは、他者への献身、そして自己犠牲を厭わない強さと勇気でした。それも、決して声高に叫ぶのではなく、沈黙の内に行われること。
見城さんも、そうだ。お忙しい中で私のような者にまで心を配り、時に厳しく諭してくださった。
強さとは人を打ち負かすものではなく、自分のためだけに振りかざすものでもなく、誰かのために差し出していくものなのだ。
昨日、震災の日に「支える側へ。愛する側へ変わる」と書きました。
今日、『戦士の羽飾り』が、その言葉の意味をさらに深くしてくれた。
献身とは、見返りを求めないこと。自己犠牲とは、誰にも気づかれなくていいということ。それを黙って為し続ける勇気こそが、本当の強さなのだと。
今日も、誓約する。
正直、誠実、善良、真心を尽くす。
正しく在り続ける。
少しでも支える側へ。愛する側へ変わる。
自らを改め、そうやって一日を、生きたい。 - K0183
K0183 MiRAIさん、リトークとコメント、ありがとうございます。
MiRAIさんのあの言葉がなければ、この一冊には出会えませんでした。神保町の62店舗も、秋山監督に教えていただいた「日本の古本屋」も、すべてMiRAIさんの一言から始まっています。
まだ最初の章を読んだばかりです。それなのに、もうこの本が手放せなくなっています。
「書棚で静かに重く光り輝く特別な存在」——その想いが、伝わってきます。
「過去の遍歴のこと、身がよじれるほどの、奮い立つような、死線をまたぐような戦慄の話。ダンディズムの話。器の大きな人の周りには器の大きな人達があつまる」——その世界が、この先に待っていると思うと、胸が高鳴ります。
読み終えたら、また投稿します。
