絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる 日本代表の強さに驚いた。
前回大会はスペイン代表とドイツ代表というヨーロッパの強豪に勝利しているが、今回のオランダ代表との引き分けの方が日本代表の強さを遥かに感じた。
前回大会までは、強豪国と呼ばれる相手に対して基本的には守備を固めてカウンター気味に攻撃することが多かった。
しかしオランダ代表戦は違った。
多少オランダ代表に押される時間帯があり、その際は自陣に引いて固めることもあったが、そんなことはサッカーにはつきものであり、逆にボールを握り、オランダ代表を自陣に引かせる時間帯も多かった。
ヨーロッパの強豪とがっぷり四つで組み合った印象がある。
オランダ代表の交代策やプレスのかけ方、戦い方にやや疑問は残るものの、大会屈指のバランスの良さがあるチームを相手に、ある程度ボールを持てて、2度追いついて勝ち点を奪えたと言うのは、日本代表にとってすごくポジティブなものだと思う。
データにも出ているが、このような短期決戦では何より第1戦の結果が重要となる。
逆にオランダ代表にとっては、勝ちきれずに勝ち点2が減ったとも捉えられるので、チームとしてどうするかを考えられる試合になったはずだ。むしろここからチームが引き締まり、調子が上向く可能性もあると考えられる。
次のチュニジア代表戦は、できれば選手をターンオーバーさせて怪我や疲労のリスク管理をしつつ、なるべく点を取って勝ちたい。
先ほど行われたスウェーデン代表対チュニジア代表の一戦は、スウェーデンが5-1で勝利した。
日本代表も、チュニジア代表戦では最低でも勝利が必要となる。
今回のワールドカップから、条件によってはグループリーグ3位のチームも決勝トーナメント進出が可能になるが、全12グループの3位チームの中で、成績上位8チームに決勝トーナメント進出権が与えられるので、より多くの勝ち点と得点(得失点)を積み重ねておく必要がある。
チュニジア代表はアフリカ予選を無失点で突破しているものの、アフリカ予選は身体能力や個、割と出たとこ勝負で何が起きるかと言う部分も多いので、チームとしての連携やしっかりとデザインされたセットプレー、2人目や3人目の動き、オフザボールの動きには対応しきれない印象がある。
日本代表はその辺りが世界でも見ても優れているので、チュニジア代表は比較的相性が良いチームに思える。
しかしちょっとした身体能力や、ここで負けたら終わりだという状況がいい方向に作用してチームが勢いづく可能性はあるので注意は必要で、中でも司令塔として自由に攻撃に参加する10番のMFハンニバル・メイブリには警戒が必要になってくるだろう。
グループリーグ3戦目のスウェーデン代表との試合は、グループリーグで1番難しい試合になると見ている。
もし、その時点でスウェーデン代表がグループリーグ勝ち抜けを決めていれば、メンバーをターンオーバーさせて多少は日本代表にとって楽な試合展開になるかもしれないが、固い守備から、スピードと高さを併せ持つ前線の選手が攻撃を完結させられるスウェーデン代表は、日本にとって相性が悪い相手となる。
間違いなく今の日本代表は歴代最強で、ワールドカップ優勝も絵空事ではないと感じる。
ただ、釜本さんや中田英寿さん、本田さんや香川真司選手のような選手が出てくるかはまた別問題のような気もする。
サッカーにも人生にもifはないが、三笘薫選手がプレーするところも見たかった。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる こんなことをのうのうと書いているが、市井のサッカー選手として非常に情けない。
僕はいつからワールドカップを諦めただろう。
1998年フランスワールドカップ。
日本代表が初めて出場するワールドカップ。
僕は3歳だったのでほとんど記憶はないが、中田英寿さんの凄さと炎の柄が特徴的なユニフォームのことは断片的に覚えている。
2002年日韓ワールドカップ。
故郷でも試合が行われたので、スタジアムまで観に行った。
アイルランド代表対カメルーン代表。
いつもと同じスタジアムに、いつもと違う初めての人種。
そこに渦巻くサッカーの熱、国と国のプライド。
熱い戦いがありながら、試合後はノーサイドで交流が生まれる。そんな光景に魅了された。
もちろん初の決勝トーナメント進出を果たした日本代表の活躍にも魅了され、今でもその際の日本代表密着ドキュメンタリー[六月の 勝利の歌を 忘れない]をふとした時に観ている。
2006年ドイツワールドカップ。
監督はブラジルのレジェンド、ジーコ。2002年の主力も残りつつ、大会前の親善試合でもドイツなどにいい試合をして自然と期待感が高まっていたのではないかと思う。
この時僕は11歳。段々とサッカー大会でも結果が出始め、田舎からでも上と世界が見え始めた頃だったと思う。
このワールドカップでは衝撃的なことがあった。
日本代表は1分け2敗でグループリーグを敗退、その後に中田英寿さんが現役引退を発表した。
まだまだやれる、もっと上に行けるのではないかと思っている選手がスパッとサッカーを辞めたことは、僕にとって衝撃だったし、今でも心に残る重い出来事だった。
中田英寿さんがブラジル代表のユニフォームを顔にかけ、膝を立てながら仰向けで天を仰ぐ様子が、今でも目に浮かぶ。
確かユニフォーム交換をしたのは、当時のブラジル代表DFルシオだったと思う。
2010年南アフリカワールドカップ。
僕はこのワールドカップで今後の人生を左右する選手に出会う。
本職は中盤の選手だったが、ワントップで抜群のセンスとキープ力を見せ、初戦のカメルーン代表戦では点を取った。
2戦目はオランダ代表に0-1で敗れたものの、その選手は運命の3戦目、デンマーク戦でとんでもないフリーキックをぶち込んだ。
フリーキックだけではなく、後半には自分でも打てそうな場面で冷静にパスし、岡崎慎司さんのゴールのアシストをして見せた。
本田圭佑。
細かい理由は何個かあったものの、僕はあの時の本田さんの活躍を見て星稜高校へ進学することを決めた。
2014年ブラジルワールドカップ。
この時の日本代表も期待感が凄まじかった。
監督はイタリアの名将ザッケローニ。
2010年の主力が残り、香川真司選手も世界でメキメキと頭角を表し、戦力、やっているサッカーの内容、全てにワクワクしたのを覚えている。
しかし結果は1分け2敗でグループリーグ敗退。
僕はこの大会をロンドンで観ていた。
高校卒業時にJリーグからのオファーは無く、大学進学も考えたが、希望する大学からの推薦は無かったため、どうせならプロとして労働ビザが1番取りにくい国に、サッカーが1番レベルが高い国に行こうと、イングランドのクラブに武者修行しに行くことを決めた。
この時の目標には、しっかりとワールドカップがあった。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる 2018年ロシアワールドカップ。
この時の日本代表は直前でハリルホジッチ監督を解任し、急遽西野朗さんが監督に就任してグループリーグを突破した。
前回大会で敗れたコロンビア代表にグループリーグでリベンジを果たしたものの、決勝トーナメント1回戦で優勝候補ベルギー代表に2-3と逆転負けを喫した。
この大会くらいから徐々に日本代表がちゃんと世界とやり合えると僕は感じ始めた。
この時は、アイルランドからまだ行けると自分に言い聞かせていたと思う。
このワールドカップを機に僕はワールドカップを諦める。
2022年カタールワールドカップ。
このワールドカップはカタールが暑すぎることから、冬に開催された。
4年前だが昨日のことのように感じる。
日本代表は、スペイン代表とドイツ代表という紛れもない世界の強豪から勝利を挙げた。
トーナメント1回戦でクロアチア代表にPKで敗れるものの、国際大会で紛れもない強豪国を倒せるのかと衝撃を受けた。
この衝撃は2011年になでしこジャパンが世界一になった時以来だった。
この頃には、ワールドカップはもう僕の中で観るものになっていた。
沖縄のクラブからオファーを受け、沖縄までミーティングをしに行っていたのだが、偶然箕輪さんもそのタイミングで沖縄にいたので、決勝のアルゼンチン対フランスは箕輪さんとバーで観た。
ものすごくいい試合だったのだが、飲みすぎて眠くなり、延長に突入した時点で箕輪さんとホテルに戻った。
タクシーの中のラジオ実況でアルゼンチン代表の優勝を知り、酔いながらも盛り上がったのを覚えている。
翌朝、目指していたワールドカップを飲酒しなが観ていたという事実に、鬱になったのを覚えている。
2026年北中米ワールドカップ。
今。
ただただ努力不足。悔しがる資格も暇もない。
本当に甘かった。死や終わり、有限を全くテーゼてきていなかった。
ありがたいことに、オフシーズンには日本代表の選手達とボールを蹴らせてもらうことがある。
怪我に配慮しつつ練習試合をすることもあるのだが、今までは彼らと僕の差にあまり気付けていなかった。
しかし今では彼らとの差がよくわかる。彼らはそれ相応の努力をしてきた。犠牲を払った。自分との闘争から逃げなかった。
もちろんプレーの差もあるのだが、そういうことなのだと思う。
成熟なのか諦めなのかはわからないが、生まれてから8回目のワールドカップを、僕は今までで1番清らかに観ている。
頂上を目指さないプロサッカー選手。しかもあと1年で辞めると決めている。
諦めるのだから、辞めるのだから、もう何をするにも結果から逃げることはできない。
無様でも、匍匐前進でも、自分なりの敗者の凱旋を。
絶対に豚にはならない。
完全なる自己救済の駄文です。
時が通り過ぎていく。凄まじいスピードで。

