見城徹のトーク
トーク情報見城徹 死ぬために生きる死ぬために生きる ↑敬服する見城さんがそう覚えていらっしゃるのであれば、僕にとってはそれが正解です。
見城さんがなぜそのワインを飲まれたのか、どんな方達と飲まれたのか、どんなお店なのか、どんなお料理とのマリアージュを楽しまれたのか、僕はそんなことまで想いを馳せてしまいます。
さらに言いますと、これまでの数多のご会食やプライベートの場で飲まれたワイン、そのワインと見城さんとの間にはこれまでどんなドラマや歴史があったのか、そんなことまで想像してしまいます。
知識の量も、ワインを飲まれ、楽しまれた量や時間も、全てが足元にも及ばない僕に対し、真正面から接してくださる見城さんが飲まれたワイン。
見城さんのお考えやご認識に沿っていなければ、僕が解説する意味が無いです。
大変未熟者ですが、これからも学び、改善しながら、見城さんが飲まれたワインをご紹介させてください。見城徹 死ぬために生きる死ぬために生きる 先ほど見城さんがされていたご投稿と、僕が初めて見城さんから755にていただいたご投稿、メッセージ。
[絶望しきって死ぬために]も言わずもがなだが、僕の755での仮初の名前[死ぬために生きる]も、見城さんのお言葉に由来している。
見城さんに初めてお会いさせていただいたのは昨年の3月29日。
下北沢[はっぴいはうす]で行われた、[「見城徹」私物オークション]だった。
箕輪さんのお手伝いで行かせていただいた。
もうすぐあれから1年。
世間の雰囲気に流され、なんとなくお祝いムードで過ごしていた正月からももう2ヵ月が経つ。
どちらもつい昨日のことのように感じる。
見城さんにお会いさせていただき、僕の人生は間違いなく熱く狂い始めた。
しかし30年甘えた人生を生きてきた僕は、まだまだ熱狂と甘えの狭間で悶えることがある。
1日で全てのことが好転することはないが、1日を生き切ること、その繰り返しでしか結果も何も無いことは、変え難い人生の真理。
だからこそ僕は苦しい。弱い方に足を引っ張られる。
その度に、僕は見城さんのお言葉やご投稿を拝見、拝読する。
死ぬために生きているか。
生は死。死は生。無限は有限。有限は無限。
このことを意識しているか。
なんとか這いつくばって自分との格闘を制す。
むしろ死ぬことこそが生きること。
死ぬ時に微笑したい。
