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見城徹
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散歩はほぼ毎日しています。 行き交う人々の人生を想像する。自分の生きて来た道を噛み締める。切ない一日が始まります。一日一生。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2024年4月の投稿をリトークさせて頂きました。

    誠意を尽くしても、真心を込めても、命を賭けても、相手には届かない。それでも生きる。それでもやり続ける。それでもリングに立つ。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    「僕が大阪へ来た理由」

    北海道から大阪へ。早いもので10年という月日が経ってしまった。
    10代〜20代の頃は百貨店の催事で日本全国を飛び回っていた。北海道物産展のイートインコーナーで小樽の鮨を握る。北は青森から、南は鹿児島まで、東京や大阪へは数えきれないくらい握りに行かせて頂いた。どこへ行っても大行列。みんなが僕達を待っていてくれた。目紛しく忙しい毎日だったが、日本全国が北海道物産展を楽しみにしてくれているように感じて、僕はなんだか誇らしくもあった。

    僕には、ただ握る場所があればよかったのだ。

    15歳の終わりからこの世界に入り、33歳頃に独立開業。その夢と希望はたった3年で潰えた。業者さんにだけは迷惑をかけられない。死んでも支払いをすると決め、読んで字の如く自分の命を差し出した。命からがら生き残り、自己破産。二度目の離婚。信頼は地に落ちた。僕はいつも失敗して全てを失うのだ。

    何もかも失った僕は、包丁と、何枚かの服と、かき集めた現金を握りしめ、小樽から舞鶴へ向かうフェリーに飛び乗り、大阪へ向かった。何故大阪だったのか。大阪の街と人は、いつも僕に優しかったからだ。北海道物産展で大阪へ行くのが、どこの地域に行くよりも楽しみだった。だから落ちて落ちて底まで落ちて、ふらっと来てしまった。

    そんな僕みたいな偏った人間を、大阪の街は受け入れてくれた。どうやら僕は、まだ鮨を握ってもいいらしい。それが、ありがたいのだ。
    大阪に、いつか恩返しが出来たらいい。

  • 見城徹
    見城徹
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    昨夜はメモリードの吉田が7月22日に開業した軽井沢のホテル[エッセンス軽井沢]に友人たちが集まって和食の名店[傳]が監修するレストラン[心]で会食。西酒造の西陽一郎がニュージーランドで作っている美味しいワインを飲みながら深夜まで大いに盛り上がりました。そのままホテルに宿泊。朝食をいただいて、今、新幹線に飛び乗ったところです。

  • 見城徹
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    見城さんが軽井沢のホテル[エッセンス軽井沢]内にあります、レストラン[心]にて昨夜飲まれたワイン

    左から

    グラッドストーン アーラー ブリュット

    グラッドストーン アーラー ヘヴンズ・セレクション ピノ・ノワール 2014

    グラッドストーン アーラー ヘヴンズ・セレクション ソーヴィニヨン・ブラン 2017

    ジャン・マルク・ブロカール シャブリ サント・クレール 2023


    遅くなり申し訳ございません。

  • 見城徹
    ヤスナガヤスナガ

    見城さんの言葉に触れた方、対面で話をされた方、多くの人の心の奥底にその時の言葉はずっと刻まれているのだと思います。

  • 見城徹
    K0183K0183

    見城さん、755の皆さま、こんばんは。

    私は、本を、とても大切に扱います。
    机の上には、いつもコーヒーがあります。二十五年、一度も、こぼしたことはありません。

    でも、ゲラを直している間だけは、コーヒーを、キッチンに置きました。
    同じ部屋に、置いておけませんでした。

    編集者の方の指摘に、一つずつ、思いを書き込む。文通を、しているようでした。

    間違いが、あってはいけない。そう念じながら、一字ずつ、返しました。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。