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見城徹

↑ しつこくリトーク。「完全映画化」という言葉がぴったりの傑作。 原作、脚本、監督、俳優、音楽、撮影、照明、美術、録音の他、この映画の全てのスタッフに心を込めてbravo❗️

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹
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    1年振りのゴルフ。その間、練習もしなかった割には僕としてはまあまあでした。
    OUT53、IN50の103。

  • 見城徹
    見城徹

    2026年8月11日。
    大阪で[mikami limited 50]を営む鮨職人・三上雅博がリトークしてくれた2025年3月の僕のトークです。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    1日が始まり、1日が終わる。いつの間にか時間が過ぎる。その毎日が積み重なって人は歳を取る。
    10年前が昨日のように思える。即ち10年後も明日のように来ると言うことだ。若い頃は時の流れが遅い。歳を取るに従って流れが早くなる。2024年の12月29日に僕は74歳になった。もう今日は2025年の3月25日。約3ヶ月が一瞬のようだ。だから、10年後の84歳もすぐに来る。老人になると意識の中の時間では[死]は既に目の前にある。切ないが、それが生まれ落ちた全ての人の定めだと考えると気が楽になる。だから、若いうちは極端に生きるべきだ。物理的にもそうだが、意識の中の時間は無限にある。つまり、失敗も無限に修正出来る。何度でも立ち直れる。安全策で自分を守るのはつまらない。どうせ最後は死ぬのだ。永遠の[無]に還るのだ。この世に生きて在る時ぐらいスリルに身を焦がさずして何の実存か?人生を危険に晒す。僕はそう思って74歳まで来た。[死]まであと一瞬。狂ってこそ人生。
    いや、狂わなけりゃ、やってられない。だろ?

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    虚しい。絶望的だ。しかし、それが定めだ。
    僕は拳を固めて今日もベッドから立ち上がる。
    I Will Go to War!

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2025年3月の投稿をリトークさせて頂きました。

    人生を危険に晒せ。
    舗装された道を歩けば安全だ。でも僕はその道を外れ、絶望渦巻く道なき道を進むのだ。僕は臆病な人間だ。まともな精神ではいられない。狂わなければ生きられない。戦え。戦え。戦え。野生の感覚を取り戻せ。孤高に挑め。ただ狂え。

  • 見城徹
    森貴代江森貴代江
    投稿画像

    今日はこれから佐賀に出張です✈️
    いつも肌身離さず持っている写真。
    大切なお守りです。

    2年前の幻冬舎モバイルのオフ会で見城さんに一緒に撮っていただいたチェキです。見城さんがめちゃくちゃかっこいいです。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    僕はかつても今も日本の坂本龍一事務所[KAB]の代表取締役社長である。名ばかりの社長就任に当たって決めたことが3つある。給料は取らない。経費は[KAB]では落とさない。幻冬舎から坂本龍一に仕事は頼まない。坂本龍一とは青春を捩れ合うように過ごした。毎晩のように朝まで飲んだ。淋しい。猛烈に淋しい。

  • 見城徹
    ikutamaikutama

    『困っている時に助けてくれるのが友人だとすれば、彼は間違いなく数少ない友人の一人です』という坂本龍一さんの言葉に心打たれました。

    坂本龍一さんの書籍を探すときに、幻冬舎から出ている本がほとんどなくて、不思議に思ったことがあるのですが、755で見城さんのご投稿を拝見し、その理由を知りました。
    仕事を超えたお二人の関係を想像すると胸が熱くなります。

    https://toyokeizai.net/articles/-/198718?page=5

    ――坂本さんにとっての仕事ってどんなものでしょうか。
    それこそワーカホリックだった30、40代のときなんかは仕事のことしか考えていなかった。だいたい昼の12時から夜の12時まで、12時間仕事して。そこから朝まで飲みに行く。で、3、4時間寝て、また昼から仕事をして、という生活を何年もずっと続けていました。
    ――寝る時間は3、4時間くらい?
    そうですね。だいたい1週間のうち6日間は、夜から朝までずっと飲んでいた。だいたい7時ごろに帰ってましたが、盛り上がっちゃうと11時ごろまでということもありました。
    ――それは朝の、ということですよね。
    そう、朝です。ニューヨークに行く2、3年前までは、毎日のように現・幻冬舎社長の見城徹氏を付き合わせていました。彼は「もう帰らせてくれ」と泣いてました(笑)。
    ――そんな生活に変化が出てきたのは、いつごろからでしょうか。
    やはりひとつはニューヨークに移住したということが大きいですね。夜遊びをしなくなったから。今ではほとんど外出もしなくなりましたね。見城のように心底付き合ってくれるヤツもいないし。まあ、探せばいるのかもしれないけど。