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見城徹

↑ 10年ほど前に赤坂の足裏マッサージ店で起きたいざこざ。カーテンで仕切られた隣り合ったブースで互いに誰か判らず口論となった。暫く経って、僕のブースのカーテンをいきなり開けて「あっ、間違えました。失礼しました」と言って帰った女性がいた。4日後[週刊新潮]の連載されていた西原理恵子の巻末漫画にいざこざの一部始終が実名で載っていた。僕は口論した相手が高須院長で、僕のブースを覗いた女性が西原さんだと知ったのだった。ずっと自分の狭量さを恥じ、気になっていた。 昨日、生島ヒロシのお陰でランチの場が設営され、手打ちとなった次第であります。

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見城徹のトーク
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  • 見城徹
    見城徹
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    [鮨さいとう]の後は[フェニックス・メディカル・クリニック]主催の「哲学の会」へ。原辰徳さんと。@明治記念館。

  • 見城徹
    YumikoYumiko
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    土曜の渋谷。
    異国の言葉が飛び交う人波と雑多な街の熱気に、香港のネイザンロードがフラッシュバックする。日本にいながら『深夜特急』の世界。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ 懐かしい[新宿ゴールデン街]。
    20代の頃、一番通ったのは「トートの書」。ずっとビートルズがかかり、サントリーホワイトかサントリー角瓶を水割りで飲んだ。焼きうどんが凄く美味しかった。客は小さな出版社の編集者や雑誌のフリーライターが多かった。他に行ったのは「まえだ」と「花の木」。「まえだ」は田中小実昌がほぼ毎夜、酔っ払っていて、僕は中上健次、立松和平、高橋三千綱、水上勉、佐木隆三、唐十郎らとよく行った。「花の木」は佐木隆三の離婚した奥さんが開いたバー。だから、佐木隆三と一緒に顔を出した。新聞配達をしながら執筆した[復讐するは我にあり]が直木賞を受賞した当時は、勢いづく佐木隆三とゴールデン街の梯子をしたものだ。どこの店にも出版や映画・劇団関係者がウヨウヨいた。売れない作家や映画監督と議論するのが楽しかった。デートも仕事も憂さ晴らしもゴールデン街。朝帰りも当たり前だった。あの頃、ゴールデン街はエネルギーに満ちていた。

  • 見城徹
    見城徹

    ゴールデン街の近くに忽然と現れた[アンダンテ]も忘れられない。ママの「なっちゃん」は純文学に詳しい美人だった。
    野間宏の恋人と噂されていて、確かに野間宏がよく飲んでいた。僕は中上健次、水上勉と行く回数が多かったが、一人でもよく通った。ある時期から柄谷行人の姿も見るようになって、柄谷行人ファンだった僕は
    震えながら話しかけた。[アンダンテ]は残念ながら3年ぐらいで店を閉じた。
    なっちゃんはどうしているか?と気になっていたある日、なっちゃんと西新宿で出くわした。何となっちゃんは柄谷行人と結婚して(後に離婚)、女の子を産んでいた。びっくりしたが妙に納得が行った。これだから人生は面白い。