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見城徹

個体の物語が匿名性を獲得した時、その物語は時代や空間を超えて流通します。つまり、神話や説話になるのです。秋元康が彼の詞で試みている深い部分はそういうことだと思っています。僕の青春時代の恋物語は単にセンチメンタルで思い出のままに発作的に書いているだけです。つまり、単なる自己陶酔が強い日記に過ぎません。背景も事情も書いていないので普遍的な一人の男と女の物語には程遠いですが、サエの言葉は嬉しいです。 しかし、自分にはこう言います。 「日記か自分のトークに書けよ、見城!」 あっ、ここは自分のトークか(笑)。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    藪 医師(中山祐次郎)藪 医師(中山祐次郎)

    僕が文章を書くとき、この本にあった見城さんの三ヶ条をいまでも一番大切にしています。

    1、「その人らしい」は素直に書くことで、
    3、「発見がある」は物事を人と違った角度で見ることで、
    達成しやすい。しかし、

    2、「いきいき」が一番難しいのです。
    本当に思っていることを、心から楽しんで書かなければ「いきいき」した文にはなりませんから。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    たれがじぶんを無惨と思わないで生きえたか ぼくはいまもごうまんな廃人であるから ぼくの眼はぼくのこころのなかにおちこみ そこで不眠をうったえる 生活は苦しくなるばかりだが ぼくはとく名の背信者である ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ 

    ーー吉本隆明[廃人の歌]

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    ⬆︎ 僕が大学1年の時に読んだ奥浩平[青春の墓標]。[読書という荒野]にも書いたけど、浩平の兄・紳平の「あとがき」に思わずアンダーラインを引き、文章を書き加えた。あれから50年が経った。僕は現実と妥協し、魂を売り、それでも生きることを選んだ。それが子が父になり、少年が男になり、王子が王になることなら、生きるということは余りに苦い。僕はまだ生きている。これからも目の前の現実を引き受ける。戦う。突破する。泣きながら生きるしかない。

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  • 見城徹
    見城徹見城徹

    明日は僕が勝手に名付けた奥平剛志のジャスミン忌。僕の人生を変えた日がまたやって来る。一年はあっという間だ。こうして「死」に近付いて行く。

    銃口にジャスミンの花無雑作に挿して岩場を歩きゆく君

    草原に身をひるがえし蝶を追う決死の闘いひかえし君は

    「地獄でまた革命をやろう」と先に逝き彼岸で待ってる君は二十六歳

    ーー重信房子歌集[ジャスミンを銃口に]