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見城徹

廃人の歌 吉本隆明 ぼくのこころは板のうえで晩餐をとるのがむつかしい 夕ぐれ時の街でぼくの考えていることが何であるかを知るために 全世界は休止せよ ぼくの休暇はもう数刻でおわる ぼくはそれを考えている 明日は不眠のまま労働にでかける ぼくはぼくのこころがいないあいだに世界のほうぼうで起ることがゆるせないのだ だから夜はほとんど眠らない 眠るものは赦すものたちだ 神はそんな者たちを愛撫する そして愛撫するものはひょっとすると神ばかりではない きみの女も雇主も 破局をこのまないものは 神経にいくらかの慈悲を垂れるにちがいない 幸せはそんなところにころがっている たれがじぶんを無惨と思わないで生きえたか ぼくはいまもごうまんな廃人であるから ぼくの眼はぼくのこころのなかにおちこみ そこで不眠をうったえる 生活は苦しくなるばかりだが ぼくはとく名の背信者である ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ おうこの夕ぐれ時の街の風景は 無数の休暇でたてこんでいる 街は喧噪と無関心によってぼくの友である 苦悩の広場はぼくがひとりで地ならしをして ちょうどぼくがはいるにふさわしいビルディングを建てよう 大工と大工の子の神話はいらない 不毛の国の花々 ぼくの愛した女たち お袂れだ ぼくの足どりはたしかで 銀行のうら路 よごれた運河のほとりを散策する ぼくは秩序の密室をしっているのに 沈黙をまもっているのがゆいいつのとりえである患者だそうだ ようするにぼくをおそれるものは ぼくから去るがいい生れてきたことが刑罰であるぼくの仲間でぼくの好きな奴は三人はいる 刑罰は重いが どうやら不可抗の控訴をすすめるための 休暇はかせげる 「転位のための十篇」(1953年)より

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