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見城徹

⬆︎ 柴田くん。横内、岡森は厚木高校の同級生、六角は一学年下。同じ演劇部でした。3人とも、つかこうへいの下で芝居をしたことはありません。つかこうへいの芝居に観客として通っただけです。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    2026年5月26日。
    大阪で[mikami limited 50]を営む鮨職人・三上雅博がリトークしてくれた2021年4月の僕のトークです。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    言葉は生き方を決定します。言葉によって人は行為するのです。行為した時、言葉はその人の中で肉体化されるのです。ですから、言葉と行為は表裏一体です。その時、言葉は説得力を持ち、人を動かします。そこに結果が生まれます。言葉→行為→肉体化→結果→新しい言葉。生きるということはこの繰り返しです。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    僕は21歳の時に「理想」や「夢」に生きるのを止めました。いや、そこから逃げ出しました。だから、「理想」や「夢」という言葉が嫌いです。僕にとって肉体化出来なかった言葉だからです。
    [たべて苛酷にならない夢を/彼女たちは世界がみんな希望だとおもっているものを/絶望だということができない]
    吉本隆明の「少女」という詩の一節です。僕は食べて苛酷になる夢を飲み込めませんでした。 飲み込めなかった劣等感と自己嫌悪と向き合いながら、懸命に生きて来ました。
    21歳で死んだ僕に宛てて65歳の僕が書かずにはおれなかったのが文庫版「たった一人の熱狂」のあとがきです。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年4月の投稿をリトークさせて頂きました。

    僕には逃げ出した過去がある。僕は僕自身が決めたルールを守れなかった。それは食べて苛酷になる夢を飲み込めなかったからだ。
    もう僕には理想や夢は語れない。僕は自分を嫌悪しながら、永遠に消えることのない、暗い劣等感と共に、死ぬ瞬間までを生きるのだから。
    せめてこの命ある限り、誠実に、善良に、真心と感謝を込めて生きていきたい。