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見城徹

[差別]という言葉を現実の具体的な差別というイメージで捉えないで下さい。差別というものは人間がある場所に生き、自然や建築物に染まり、時間に犯される存在である限り、何人も生まれ落ちた以上、決して避けては通れないものなのです。つまり、人は場所や自然、時間に必然的に差別され、自分の物語を紡ぐのです。だから[差別=物語=宿命]なのです。「差別を無くそう」とか「差別は良くない」というフラットな意味合いではないのです。全ての人間が差別の桎梏から逃れることは出来ない訳で、差別こそが人間の根源なのです。喜びと哀しみも、希望も絶望も、涙と笑いも、善と悪も、感動と葛藤までも全ては[差別=物語]と共にあります。私たちは差別という物語を生きて死ぬのです。差別のない世界は、のっぺらぼうで薄っぺらになります。場所と自然と時間がない世界など存在しません。あるからこそ人間の人生は苦悩と歓喜にスウィングするのです。 [無謀漫遊記]は受難の歴史(時間)を背負った川岸の場所に権力の象徴である徳川幕府の副将軍がやって来るという設定です。そこから露わになる必死にもがいて生きる小さな人々の泣き笑い。場所と自然と時間に蹂躙されてこそ人々は光り輝く。[無謀漫遊記]は「差別=物語」の根源を涙と笑いと感動のエンターテイメントに昇華した、この世あらざる舞台なのです。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    2026年5月31日。
    大阪で[mikami limited 50]を営む鮨職人・三上雅博がリトークしてくれた2021年6月の僕のトークです。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    何もかもが憂鬱な朝だ。「憂鬱でなければ、仕事じゃない」と呟いてみてもその憂鬱さに押し潰されそうな自分がいる。何もかもが嫌になる。世の中から消えてしまいたい気持ちの朝。
    70歳。生き過ぎたのか?度を超えて生きたのか?人と関わらない。人を信用しない。人に期待しない。そうすれば楽になる。目立たない静かな老後。海辺の家。音楽を聴き、映画を観て、読書をする。トレーニングのあとは海を見ながら酒を飲み、夜になったら近くの海辺のレストランで食事をする。波の音を聴きながら眠りに就く。一歩、踏み出せばそれが出来そうな気がする。そう考えながら今日も地獄を這いずり回るしかない。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年6月の投稿をリトークさせて頂きました。

    この生き方は曲げられない。だから憂鬱に押し潰されそうになる。諦めたら楽になる。わかっていてもやめられない。それが自分の生きる道。ただ絶望に染まりながら、地獄の底でワルツを踊れ。