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見城徹

『初恋』(2019.1.7掲載) 静岡県立清水南高校。ずっと憧れていた1学年下の女生徒に卒業の直前に想いを書いて手渡した。 東京の大学に合格し、彼女に何も告げずに高校を去って行くのはあまりにも後悔が残ったからだ。 決死の想いは通じて、卒業式の日、校門前で待ち合わせて三保の松原まで海岸を2人で歩いた。それが初めてのデートだった。 それから3週間、毎日会った。 狐ヶ崎ヤングランドのスケートリンクで滑り、当時話題になっていた『若者たち』という映画を観、彼女の家の近くの丘にピクニックに行った。 一時でも離れ離れになるのが怖かった。 1969年4月4日。僕が東京へ行く日がやって来た。既に高校の授業は始まっていた。僕は1人でボストンバックを提げて、静鉄バスの小糸製作所前に佇んでいた。 バスが到着した時、突然、彼女が走って来た。高校の制服姿だった。 事情は解らなかったが、僕を見送りに来てくれたことは明らかだった。 東海道線の清水駅まで2人でバスに乗った。プラットホームに立って、手を握り合って列車を待った。晴れてはいたが、強い風が冷たかった。 言葉はなかった。2人とも泣いていた。全身が痺れるような切ない時間だった。 50年が経ち、68歳になった。幾つかの恋をして、肉親や何人かの友人の死を見送った。自分の会社を立ち上げ、上場し、上場を廃止した。 しかし、立ち尽くしながらあれほどまでに長い時間、涙をボタボタと落としたことは一度もない。

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