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見城徹

読売新聞の朝刊「読者欄」の[著書来店]に 鈴木保奈美さんが初の自著[獅子座、A型、丙午]について語っている。30数年前、僕が[月刊カドカワ]編集長の時、鈴木保奈美さんには苦い思い出がある。 実は女優として全く売れていなかった鈴木保奈美さんのエッセイを[月刊カドカワ]で連載してくれないかと博報堂の役員から強く頼まれたのだ。当時の[月刊カドカワ]は飛ぶ鳥を落とす勢いで、名前も知らなかった女優の卵に誌面を割くのは無理な相談だったが、会ってみると「どうしても書かせて欲しい」という真っ直ぐな想いに打たれて連載を決断した。「じゃあ、一冊になる分量になったら本も出しましょう」 とつい口走ってしまい、その言葉に彼女は大喜びしたのをはっきりと覚えている。彼女はもう自分は女優としては売れないと思っているようだった。「パンプスはかない」と彼女自身によって名付けられたエッセイはそのようにして始まった。独自の感性で切り取られた新鮮な描写にびっくりした。彼女の内面の瑞々しさが溢れ、誌面から飛び跳ねていた。2年近くが経ち、連載エッセイが一冊の分量ぐらいになろうとした時、鈴木保奈美さんは[東京ラブストーリー]で大ブレイクした。しかし、「パンプスはかない」が一冊の本になることはなかった。[女優は本を出すものではない]という彼女の主張でお蔵入りになったのだ。何とか鈴木保奈美さんと話し合いたかったのだが、それさえも拒否された。連載エッセイ開始に大反対した[月刊カドカワ]担当の取締役にもの凄い勢いで書籍化出来ないことを怒られたのを昨日のように思い出す。出せばベストセラー確実だったからだ。人の心は変わる。鈴木保奈美さんは変わったのだ。不変な想いなどない。その時に思い知った。しかし、鈴木保奈美さんが女優として活躍し続け、こうして初の著書を出したことを喜んでいる自分もいる。月日は経ったのだ。時はいつか苦い思い出を洗い流す。鈴木保奈美さんの本を読んでみようと思っている。

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