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見城徹

尾崎豊の命日が近付いている。光が洪水のように差し込む部屋で聴いた白昼の悪夢。陽光が僕の胸を焼き尽くす。「終わった」。尾崎豊の音楽プロデューサーだった須藤晃と電話で話したのは覚えている。それ以外はその日の記憶はない。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    先週、好きなアイヴァンのメガネを2つも失くした。それが凄く悔しい。おやすみなさい。

  • 見城徹
    見城徹

    おはようございます。昨日は6月に出版される80歳の方の本の推薦文を書いた。ゲラを読みながら何度も溢れる涙を拭った。人生は何が起こるか解らない。絶望の期間を耐え、80歳にして挑む孤独な闘い。人は誰もが生きている限り苦行は続く。
    それは生まれ落ちた者の宿命だと思えばいい。
    簡単でスムーズな人生なんて糞こらえだ。

    てんあつがリトークしてくれた2020年3月の僕の755。さて、今日はどんなだろう? ↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    全ての片想いの人へ。
    片想いこそ最高の恋だよ。69歳まで生きて来て、僕はそう思う。唐突なアップで失礼。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    関係しない恋。自分勝手な恋。自己完結する恋。「報われないから恋なんだよ」と呟いて自分を慰めよう。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    昨日は公証人の立ち合いの元、人生初の遺言状を作成し、記名、捺印した。ここに至るまで3ヶ月以上かかり、結構なエネルギーを要した。
    遺言状を書くなんて思ってもみなかったが、銀行の強い提案に従ったのだ。作成して気持ちの整理はついた。つまり、僕の人生を振り返るリアリスティックないい機会になった。遺言状は元気な時に書くべきだ。僕にとって新たな出発点になった気がする。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    [読書という荒野]
    文庫版のためのあとがき

    2020年12月29日に僕は70歳、つまり古稀を迎える。
    70歳でいるうちに、実現したいことが二つあった。
    一つは幻冬舎グループの大きな資本の組み換えと、もう一つはボクシングのリングに立つことだった。
    前者は2019年12月3日にすべての手続きが完了し、ボクシングのトレーニングは2019年7月から開始した。
    大学時代、元・世界ライトヘビー級チャンピオン、ホセ・トーレスの「カシアス・クレイ」を読んで以来、僕はずっとボクシングに魅せられ続けていた(P75〜参照)。高校時代に石原慎太郎の「太陽の季節」を読んで異様な衝撃を受けたのも、主人公の竜哉が高校のボクシング部であったことが関係していると思う。
    石原慎太郎が言うところの[社会的現実]に[個人的現実]がクラッシュする瞬間を「太陽の季節」は見事に描き切っていた。後から考えると、それこそがボクシングそのものなのだ。
    1974年10月30日、ザイール共和国の首都キンシャサで行われたプロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチ。王者ジョージ・フォアマンと挑戦者モハメド・アリ(旧名カシアス・クレイ)戦をテレビで観てからはボクシングへの想いに拍車がかかった。試合は第8Rまでサンドバックのようにフォアマンに打たれ続けたモハメド・アリが8R残り16秒で奇跡の逆転KO勝ちを収めるという劇的な幕切れとなる。
    ベトナム戦争への徴兵拒否が原因で王座を剥奪され、3年7ヶ月のブランクを余儀なくされた下り坂の32歳のモハメド・アリと40戦無敗(37KO)[象をも倒す]と言われたヘビー級史上最強パンチャー、25歳のジョージ・フォアマンとの戦いはボクシングが高度な精神的スポーツであることを如実に証明していた。生きるとは恐怖と不安を克服する戦いなのだ。だから、ボクシングの試合は人生そのものと言っていい。
    アーネスト・ヘミングウェイ、ノーマン・メイラー、ジョイス・キャロル・オーツを始めボクシングについて書く作家は多い。日本でも寺山修司、沢木耕太郎を始め多くの作家がボクシングとボクサーを描いている。「カシアス・クレイ」を読んだ時の感動を実践に移さなければ死ぬ時に後悔が残る。50年近くの時を経て、僕はボクシングに取り組むことを決めたのだ。ボクシングのリングに上がって戦うこと。読書から行き着いた荒野。この文庫本の表紙をボクシングの写真にしたのはそういう訳がある。

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  • 見城徹
    てんあつてんあつ

    ↑2020年3月~見城さんの過去のご投稿より。

    今日の見城さんの過去トークからのリトークは以上になります。
    おはようございます。