見城徹5時間前見城徹見城徹諦めた方が楽になるんなら諦めたらいい。僕は諦めたら後悔しか残らない。だから耐えるだけ耐える。粘るだけ粘る。苦しむだけ苦しむ。それが僕が選択した生き方だ。だから、いつも切ない。1111523
見城徹5時間前橋場日月橋場日月室町時代の小唄といえば、もうひとつ興味深いものがある。「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」くそまじめに何をするというのか、人生は夢の様に儚いのだから、ただふざけて戯れよう。このネガティブな無常観を、信長は逆にきわめてポジティブに捉えた。既存の常識や価値観に生真面目に従うのではなく、それを徹底的に疑うというスタンスに立って新たな時代を築く。「語りおこ」したのだ。6241
見城徹5時間前見城徹見城徹↑ この室町時代の小唄を常に口ずさんでいた作家がいた。SM小説の巨匠・団鬼六である。夥しい苦闘の末に先行きを考えない刹那的な生き方に到達した人だった。団鬼六にその生き方を貫かせてやりたくて、僕も微力ながら協力した。そのあたりの経緯は大崎善生[赦す人](新潮社)に詳しい。71512
見城徹5時間前見城徹見城徹↑ umiと交わしたトークを思い出す。僕が[人生は野菜スープ]とアップしたらumiがリトークして[Life Is a Minestrone]と返したのだ。こういう通じ方をすると凄く嬉しい。センスが一緒だと思った。それがumiとの755の始まりだった。もう消してしまった755の初期のトークだ。61512
見城徹5時間前見城徹見城徹気が付かない内に感覚が時代とズレて来たんだと思う。この3ヶ月、ビジネスで僕の打った手はことごとく的を外れていた。徹底的な自己検証をしなければならない。悪戦苦闘したのに結果が出ない第四クウォーターだった。41315
見城徹5時間前てんあつてんあつ我慢我慢の連続を人生と呼ぶのだろうと、最近では強く思います。我慢強い人が、社会的な成功を手中に治めるのでしょう。僕にはその我慢が足りなかった。だから今日(こんにち)の僕は在る。なのでこの歳になって改めて、我慢を強いられている。それは身から出た錆なので受け止め、今から出来る我慢(努力)をする。それだけ。己の境遇を呪っても、卑下しても、それは全て言い訳に過ぎぬ。今出来ることを黙々と積み上げるだけです。こう思えるようになったのも、見城さんがいらっしゃる755のお陰です。190