ikutamaikutama 1985年に起きた日航機墜落事故。過去の事故の杜撰な修理が原因で機体が空中で大きく損壊して墜落。520人が死亡した日本史上最悪の航空事故。
ikutamaのトーク
トーク情報ikutama 死ぬために生きる死ぬために生きる ↑ こんなSNSが他にあるのだろうか。
こんなに血が通ったSNSは他に無い。
去年の3月29日。僕は生の見城徹に圧倒され、1カ月の葛藤を置いた末に755を始めた。
見城さんのことをもっと知りたい、血を啜りたい、食らって肉体にしたいという気持ちが、僕なんかが入っていい世界では無いと思っていた気持ちを上回った。
案の定、そこには素晴らしすぎる世界があった。
皆一様に自己検証、自己嫌悪、自己否定がありながら、個体の掟も持っている。
755を始めてから今日まで、毎日新しい発見と刺激がある。
そして何よりも感動がある。
僕は見城徹と出会い、755と出会い、皆様と出会い、涙することが多くなった。
少しずつ自分の言葉がわかるようになった。
その分傷つくし苦しいが、人生が鮮やかになった。
見城さんも、苦しい今日を絶対し切って死ぬために生きている。
親が命懸けで、傷だらけで、どう生きるか、どう死ぬかを見せてくれている。
やらねば子じゃないだろう。
こんなSNSが他にあるのだろうか。
こんなに血が通ったSNSは他に無い。
奇跡の755。- ikutama
ikutama 『血が通ったSNS』に、激しく同意します。
私も覚悟を持って始めたものの、続ける自信もないまま、2年が経ちました。
当初は仕事の昼休みに投稿していましたが、今はとてもそれでは間に合わず、家族が寝てから、夜な夜な一人で向き合うことが増えています。
755の皆様とドキドキしながら競走馬のケンジョーを応援したり、感想や解説を伝え合いながらワールドカップを観戦したりしたことは、忘れられない思い出です。
書籍や映画が完成していく物語に立ち会えたことは、密かな自慢でもあります。
そして、見るだけで刺激を受ける至高の料理から、その気になれば誰でも食べられるランチや弁当まで。日常に彩りを与えてくれます。
忘れてはならない歴史や、他人事で済ませてはならないニュース、出来事にも、たくさん気づかせていただいています。
755の人と人をつなげるリトークと拍手。
そして、フォロー機能。
過去と向き合う検索機能。
奇跡のSNS、755。
自分に負荷をかけることの大切さを、私はここで学んでいます。 ikutama 見城徹見城徹 755をはじめて10年以上が経過した。
まさしく僕の日々は755と共にあった。755を勧めてくれたのは755の創業者の堀江貴文と藤田晋だ。秋元康と僕が僅かな株を持たせてもらった時期もあるが、今はサイバーエージェントの100%の子会社として営業を続けてくれている。こんなにも真心と血の通ったSNSは他にない。
僕にはかけがえの無い755のメンバーがいる。皆んなの喜怒哀楽に目を澄ます。息遣いを感じる。足音を聴く。勿論、僕の日々想いも吐き出して来た。生まれ落ちてしまった者の死ぬまで続く生きる切なさ。755があってここまで来た。755がある限りこれからも755と共に生きる。精進する。忍ぶ。755よ、有難う。- ikutama
ikutama https://youtu.be/XX5Rd2Czi1Y?si=Ce85Ho_aOuRM2pgz
「SNSは“面白い”が評価軸だが、実際の世の中はそういう人では回ってない。(要約)」今更ながらその通りだと思いました。
「40代は、(目先の評価よりも)自分の原点に回帰して実績を重ねるべき。」という箕輪さんの言葉に、明るさと力強さを感じました。
『何かの顔になるとは、実力だけでなく責任感と強烈な自我、無知(若さ)が必要。』という対談で探られた言葉と『40代社長が(自分は強いと言い切った後)観衆の前で20代の選手のハイキックで失神する。』この現実に、様々な想いが表現されていると思いました。
『DREAM(格闘技)は、一番繊細な文学、理想を追い求めた学生運動』という青木さんの言葉。
「左的」とは、これまで一度も実現されていない理想郷を、自らの中に芽生えた一つの正義として表明し、社会で実現しようとすることなのだと理解しました。
『敗者の凱旋』について考えるきっかけをいただきました。それは理想郷の実現を全うできなかった人生であり、誰かのための人生、そして最後まで生き抜く人生。 - ikutama
ikutama https://youtu.be/XXPNBivRd0A?si=4_0pbWEArzlcIjiL
青木さんの『理想じゃなく誰よりもリアルを言い続けたから生き残った。』という告白。
「かつて理想を追い求めた後ろめたさを持っている」という意味で、箕輪さんが『見城徹過ぎる』と突っ込んだのには、思わず笑ってしまいました。その後の『薄汚れた自分を正当化することでかつての自分を滅する。敗北を貫くために勝たねばならない。自分が薄汚れた存在だと認めるために、勝って敗北を宣言する。勝つことで自分の矛盾を肯定して絶望する。』もはや活字にして解説を入れていただかないと、ついていけない、“通”の会話でした。
『自分が生きてきたことを全部晒してやっている。勝ちも負けも“作品”。日常を切り取ったものを見せている。』という青木さんの言葉には説得力がありました。『競技としては終わっている。作品化するしかない。かっこ悪いことがかっこいい。稼いだ上で金じゃないという。競技に勝ったうえで“作品”という。』40代以降の生き様について、力強い応援をいただいた思いです。
『メディアは“御用聞き”、“押し活”になっている。建設的な批判がない。メディアと緊張関係のある言論空間が欲しい。文化人や政治家が語り合う場であってほしい』という鋭い指摘と提案、その未来を想像して心躍りました。応援しています。
