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K0183

見城さん 2月1日という日が、見城さんにとって「最も決定的な日」になったという言葉の重さに、胸が詰まります。ご投稿を拝読し、静かな、しかし抗いようのない喪失感に胸が締め付けられました 。感想を添えさせてください。 いま、職場の机の本棚に『男の粋な生き方』があります。 私が「見城さん」という存在を知ったのは、2011年の震災の後でした。コンビニでたまたま目に留まった「GOETHE」の6月号。ちょうど『男の粋な生き方』の新連載が始まった号でもあり、「酒について」書かれていました。そのカッコよさに魂を射抜かれました。石原慎太郎さんがいなければ、私は見城さんに出会うことはなかったと思います。 『男の粋な生き方』は私のバイブルの一つとして、何回も読み返しました。一人でバーに行くときは、カウンターでよく読んでいました。石原慎太郎さんの言葉に憧れ、ドライマティーニを嗜み、粋な男を目指してきた歳月が、もう15年経つのだと時間の速さに驚いています。 先日ランボーについて書かれている章を読みたくて、たまたま職場に持ち込んでいました。命日だと知ったいま、机の上のその一冊が、静かな灯みたいに見えます。 「2人とももう居ない」という厳粛な事実。 失われたものの不在が、どれほど重く、どれほど痛いか。 その言葉から、見城さんの深い喪失感と孤独を感じます。今日もたった独りで熱狂のど真ん中に立ち続ける見城さんを、心から敬愛しております 。 本日もよろしくお願い申し上げます。

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K0183のトーク
トーク情報
  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    今日はホットラインのスマートフォン担当日です。

    今のところ、何もありません。
    平穏です。

    ただし、無風ではない。
    着信はなくても、持ち場は消えない。
    静かな時間ほど、気配に耳を澄ます。

    外はよく晴れています。

    鳴らない一台が、戦場の静けさを握っている。

    気を抜かない。
    心は鎮める。
    持ち場は離れない。

    正直、誠実、善良、真心。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、いつもあたたかいお心遣いを賜り、誠にありがとうございます。

    年商でもない。
    資金調達額でもない。
    本物かどうかは、どれだけ利益を出しているかで分かる。

    見栄や演出や景色の良い数字を、一刀両断する言葉でした。

    小さなことに徹底してこだわりながら、同時に大きな勝負をしている人にしか、風も熱も起きない。
    その振れ幅。
    そのスイング。

    手術室に入れば、肩書きは外される。
    残るのは、指の動きと、判断の速度と、術後の成績。

    術中の糸一本、止血一点。
    口先ばかりの者は、必ず足元から崩れる。

    集めた数字は、飾れる。
    積み上げた利益は、誤魔化せない。

    風を起こすのは大言壮語ではない。
    足元の執念が、遠くの景色を動かす。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    「パッションの語源は、受難だ」

    Passio。キリストの受難。

    先日、脳腫瘍の話を書いた。
    あれを何と呼ぶべきか、言葉を探していた。

    見城さんが、一語で渡してくださった。

    受難。

    情熱の根を掘れば、受難が埋まっている。
    受難の芯を割れば、情熱が燃えている。

    現場も、命も、綺麗ごとでは済まない。
    輝かしい情熱など、どこにもない。
    逃げ出したいほどの受難を正面突破した者にのみ、祈りは立ち上がる。

    受難を、情熱と呼ぶ覚悟。

    全てを引き受ける側の人間でありたい。
    受難の只中で前に出る者でありたい。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    755用のフォルダを開いたら、七百十六ファイルありました。

    実際に投稿に使ったのは、二百十くらいだと思います。
    残りの五百ほどは、書き直したものか、途中で止めたものか、ボツにしたものです。

    勢いで書ける日もある。
    一行も立たない日もある。

    残したい言葉ほど、流れていった。

    沈めた五百が、浮かんだ二百の錨になっている。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    少し大きな仕事が、三日連続。
    来週も二つ。
    再来週は一つ。

    「少し」と、毎朝呼ぶ。
    そう呼ばないと、現場のドアが重くなる。

    廊下では、誰かが祈っている。
    この手に託されるのは、最後の希望だ。

    それでも「少し」と呼んで、この手を入れる。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    かつて付き合っていた、同僚の医師から連絡が来た。
    試験というものに、一度も落ちたことがない才女だ。

    当時、よく言われた。
    「いつもどこか、遠くを見ている目をしている」と。

    置いていかれる。どこかに行ってしまう。居なくなってしまう。

    実際、私はそうした。
    また捨てて、逃げ出した。

    捨てることに、鈍くなった。
    誰かを手放すことが、簡単にできる人間になっていた。

    あの頃、彼女の寂しさに気づけていたら。

    私が見ていた遠くは、置いてきた人たちの背中だった。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    久々原仁介久々原仁介
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    小説を書くということについて。

    小説を書くという行為は、誰かに評価されるためだけのものではないと思っている。むしろ、自分でも持て余してしまう感情や、うまく言葉にできなかった記憶や後悔を、どうにかしてこの世界に残そうとする行為に近い。しかしその表現方法もよく考えると、正しいものではないような気がする。僕にとって執筆は世間に対して顔向けしづらい、なんだか後ろめたさを煮詰めた爆弾のようなものに近い。

    楽しいから書く、という瞬間ももちろんある。けれど実際には、それだけでは続かない。書かずにはいられない何かがあるから、時間を削ってでも向き合ってしまう。時間とは、人生そのものだ。この時間があれば、両親にもっと親孝行できるのかもしれない。仕事に打ち込めて出世できるかもしれない。大切な人たちと向き合えるかもしれない。
    そんな大切な時間になり得たかもしれない。
    けれど書いている間だけは、自分の弱さや醜ささえも肯定できる気がする。

    だから小説は、とても不器用な表現だと思う。遠回りで、時間もかかるし、読まれる保証もない。それでもなお、誰か一人に届くかもしれないと信じて書く。その“かもしれない”に、自分の時間や人生を賭けている。

    もし読んでくれる人がいるのなら、その人の中にほんの少しでも何かが残ってくれたらいい。それが救いになるのか、傷になるのかはわからないけれど、それでも確かに触れた証として。

    書くということは、世界とつながろうとする、ささやかな抵抗なのだと思う。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、久々原仁介さん、
    おはようございます。

    この手は、人を救い、人を捨ててきた。

    現場では、迷えない。手を止められない。
    選択の余地は、ない。

    向き合えなかった顔が、積もっている。

    机だけが、穏やかでいられる場所だ。
    ここでだけ、弱さや醜さを、見つめていい。

    呑み込んだ言葉が、机の上で、もう一度息をする。

    奪ってきた時間。置いてきた傷み。
    書いている時だけは、逃げていない。

    赦されない業を抱えた遠回りだけが、
    私を世界につなぎ止めてくれる。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。