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死ぬために生きる
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この先どうなるかはわからないが、今週から身体を絞り始めている。 増量中は、筋肉と共につく脂肪が減量期に落ちきるのか不安になり憂鬱になる。 減量中は、脂肪と共に筋肉が落ち、ウエイトで扱える重量が減っていくことに不安になり憂鬱になる。 僕は太ると顔に出やすい。 外出すると「太っている」と後ろ指をさされる感覚になる。 だから増量期は外出すら億劫になる。 実に僕らしい軟弱な精神、幼少期から拗らせてきた外見に関する劣等感だと思う。 減量期は食事管理と2部練を行う。 2部練の1部目はスプリントやサッカーのトレーニング。2部目はウエイトトレーニングか重りを背負っての登山。 僕は昨日の登山で紛れもない自分を見た。 登る山では割合熊が目撃される。 道中は、身体の疲労を感じないほどに恐怖と緊張を感じながら足を進める。 山頂まで半分ほどになった頃、「ドドドド」という重低音が痛いくらいに耳の奥に響いた。 聞いたことのない音だった。 一気に情景が変わる。 鳥の囀りがなにかの鳴き声に変わり、自分の足音がなにかの忍足に変わる。 なんでもない木陰がなにかの姿になり、風に揺れる木々がなにかの面構えになる。 湿った香りが鼻の奥に重たく居座り始め、風は生暖かく自分にまとわりつく。 五感が正解のない第六感を呼び起こした。 疑心暗鬼と熊が出るという事実に襲われる。 もう少しで山頂というところで、さっきと同じ音がした。 今度は目と鼻の先から。 今度はその音が耳だけではなく頭と心の奥に響いた。 次の瞬間僕は道を引き返していた。 しかし狂ったように走ることはない。走ると十分に警戒をできないから。 それくらいの冷静さを持ちながらも情けなく下っていく自分の姿に、紛れもない自分を見た。 中途半端で、小手先で、やりきることがない僕の弱さを、何かあったらしょうがないと逃げ出す僕の弱さを、山は鏡となって映し出した。 僕は偽物。敗者。弱虫。 僕なりにどこかの山を登りきれるだろうか。

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絶望しきって死ぬために
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    死ぬために生きる

    見城さんが麻布十番[Ropp]にて飲まれたワイン

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    フィリップ・ルクレール ジュヴレ・シャンベルタン レ・カズティエ 2015

    ミラヴィ グラン・クリュ

    フローラン・ガローデ ピュリニー・モンラッシェ ヴィエイユ・ヴィーニュ 2023

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    死ぬために生きる

    見城さんが[オルクドール青山]にて昨夜飲まれたワイン

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    ブシャール・ペール・エ・フィス コルトン・シャルルマーニュ 2019

    ルフレーヴ ピュリニー・モンラッシェ レ・フォラティエール 2008

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    死ぬために生きる
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    [ひつじ探偵団]を観た。
    「認識者」となり、さらに「実践者」になること、苦しまなければ生きているとは言えないということ、この2つがテーマだと僕は捉えた。
    一見難しそうな大切な内容を、わかりやすく、可愛く、リズミカルに伝えてくれた素晴らしい映画だった。
    羊の習性や世の中の羊でのポジショニングが見事にストーリーと交わり、羊にまつわる諺なども小気味よく登場する。
    シンプルにヒュー・ジャックマンがカッコ良すぎるし、推理物としても純粋に面白かった。

    いつ死ぬかはわからないが、死ぬ時に振り返る僕の映画遍歴は、きっと[栄光のバックホーム]以前、以降に分けられる。
    以前から映画はよく観る方で、家でも暇さえあればPCなどで映画を観ていたのだが、[栄光のバックホーム]に出会ってからは映画館で観ることが増えた。
    その点においても、[栄光のバックホーム]に出会えたことは僕にとって途轍もなく大きい。

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    映画は本当に素晴らしかった。
    しかし僕は苦しみながら映画を観ていた。
    [ひつじ探偵団]の舞台はイギリスの田舎町。
    その田舎町の空気や雰囲気の解像度が高く、住んでいる人や動物達の感じも異様にリアルだった。
    僕の足りない頭では英語が全て聞き取れるわけではないが、イギリスの地方特有の話し方やイントネーションも凄まじかった。
    僕は19歳をイギリスで過ごし、その後もイギリスに戻るためにアイルランドからチャンスを伺っていた。それくらいにはイギリスに愛着がある。
    生活はロンドンの外れの方でしていたのだが、一時期僕を受け入れてくれていたクラブが地方にあったため、練習や試合のために頻繁にイギリスの田舎町を訪れていた。
    街の人の温かさや差別、小さなスタジアムに飛び交う賛美と怒号、喝采と中指、街の人が一堂に集うパブの美味いビールと不味いフィッシュ&チップス。
    毎週結果を残すと意気込んでナショナル・レール(日本で言う特急)に乗り込むも、帰りは自分のプレーの不甲斐なさに情けなくなりながら車窓を覗き込む。
    その時に覗き込んだ車窓からは、雄大な丘で自由気ままに暮らす羊や馬をたくさん見ることができた。[ひつじ探偵団]の景色そのままだった。
    あの時の自分のできなさ加減、至らなさ、狭量さが蘇り、心臓を爪で引っ掻かれているような感覚に陥った。
    イギリスだけではない。全国各地、世界各地で生活していた時のことを思い出すとこの感覚に陥る。だからその愛すべき思い出の地へまだ赴けない。
    千駄ヶ谷にもまだ行けない。
    今を熱狂していないから過去も未来も怖い。このままだと5年後10年後に今を振り返った時、きっと同じ感覚に陥る。
    今が一番若い。苦しさや絶望を慰めてくれるのは今の熱狂と圧倒的努力しかない。
    観て良かった。