気ままにマサトーク
トーク情報- おぐらまさと
おぐらまさと 関わる人を変える痛みと副産物の話。
最近、ありがたいことに副社長、常務といった経営層と直接業務を共にしている。直接会長からFBKを頂いたり。
その中で、かつてないほどの緊張感に支配される瞬間がある。心拍数は跳ね上がり、気負いから仕事が億劫と感じている自分に直面した。
彼らと向き合うたび、思考の浅さ、戦略の甘さ、記憶力や表現力の稚拙さが浮き彫りになる。
どこを切り取っても「未熟」という言葉が付き纏い、自信は削られ、自分自身の輪郭が消えていくような感覚。
その客観視がさらに自分を追い込み、「このままでは役員からの評価すら失うのではないか」という被害妄想に近い不安にまで飲み込まれそうになった。
年始、人生で初めて電車で倒れた。
幸いMRIの結果に異常はなかったが、これから続く検査を前に、昨年末からの自分を振り返らざるを得ない。
知らず知らずのうちに、色んな角度で色んな指摘や要望を貰い、器に合わないプレッシャーを抱え込んでいたのだと思う。
なぜ、これほどまでに苦しいのか。
結局のところ
それは「自分をよく見せたい」という虚栄心であり
未熟な自分から目を逸らしたいという「自己成長への拒絶」だったのではないか。
成長の痛みから逃げるために、無意識に不必要な思考で自分を追い詰めていたと思う。
事業を伸ばすための「安いプライド」
しかし、岡本さんからの言葉を思い出した。
まさと一人でできないのは当たり前だ。リーダーは「事業」と「人」を伸ばすこと。その一点に尽きる。
最短・最大でゴールへ向かうためなら、手段を選んでいる場合ではないという話。
自己解釈で補足すると
私自身のプライドや「どう見られるか」など、目的を達成するための「安いコスト」でしかない。
「周りに助けてもらう」のではない。「周りのリソースを使い倒してでも、事業を前へ進める」。それくらいの傲慢さと覚悟を持って、この未熟な自分を使い切る。
事業と人が伸びるなら、自分ひとりの自信が砕かれることなど、安い買い物だ。
うちの偉い人でもたくさん働き分け隔てなく時間を割いてくれる、そんな恵まれた会社。
うちの若手は、意識的に関わる人を変えた方が良い。
私も臆さずたくさん先輩の時間を奪っていこうと思う。 - おぐらまさと
おぐらまさと 最近、社員から出たある言葉にショックを受けた。
「ここまで巻き込んで進めちゃってたんで、方針変えずにやりたいです」
「めっちゃ話したんで大丈夫です」
めっちゃ話したとかどうでも良い。
違和感を感じたり、最適解が別にあるから話している。
うちの最大の武器は
変化を恐れない「ベンチャースピリット」であり、その核にあるのは「圧倒的な変化対応力」だったはず。
「巻き込んだから」「めっちゃ話したから」という理由で、より良いはずの最適解から目を逸らす。
それは、変化を避けるための言い訳であり、思考停止に他ならない。
これは「大企業病」の入り口発想。
変化を拒むようになった瞬間、僕たちのベンチャースピリットは死ぬ。
やり直しを恐れず、最適解に執着しようよ。



