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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2018年11月の投稿をリトークさせて頂きます。

    もし違う時代、違う場所、違う環境に生まれていたら僕は全く別の物語を生きていたのだろう。
    人は皆、逃れられない宿命を背負いこの世界に生まれ落ち、必然の差別の中で自分自身の物語を生きるのだ。

    本日も皆様、宜しくお願い致します。

  • 見城徹
    ひでひで
    投稿画像

    スパゲッティながいへ

    美味しい!!
    美味しくて美味しくて、あっという間に食べてしまいました。
    幸せな時間を過ごしました。

    心も満たしてくれる《醤油味のスパゲティ(卵とベーコン)》は最高です。

  • 見城徹
    森貴代江森貴代江

    今日渋谷にお越しになった外国人の物語を。


    女性2人(お母さんと叔母さん)と21歳の男の子の3人です。男の子はとても大きな電動車椅子でした。
    うちのお店は入ってすぐに大きな段差があります。藤井もスタッフもその男の子を抱えてお席に案内するか?など相談しましたが、簡易の車椅子も持っていて、その車椅子に移動した彼を車椅子ごと持ち上げてお席にご案内しました。

    ファーストオーダーを取ってドリンクを持って行ったスタッフが帰ってくると、とても切ない顔をしていました。

    詳しく話を聞くと、その21歳の男の子はいま終活をしている最中なのだと言います。
    終活を考えていて、生きている間にしたい5つのことを書き綴っているそうです。

    その生きている間にしたい5つのことの1つに、東京の渋谷にある厨七代目松五郎ですき焼きを食べること。があったそうです。
    数年前にSNSでうちのお店を見つけて、どうしても行きたいと思っていてくれたそうです。

    終活をする中で、うちのお店に行くために日本に来て今日来てくれたそうです。

    とても笑顔が素敵で明るいご家族からその話を聞いたスタッフは胸が締め付けられる想いで今にも涙が出そうなのを我慢して私に話しに来てくれました。

    その話を聞いた私も胸が苦しくなり涙が出てきました。
    21歳の終活というのが何より切なく苦しいですが、その彼が遠く離れた日本にあるこんな小さなお店に行きたいと思ってくれたことが何より嬉しくて、感動しました。

    自分たちがお店をやっている意味を感じさせてもらうことが出来ました。
    とっても嬉しい気持ちになりました。

    それでもやっぱり切なくて。。。
    彼にまた来てもらいたい。。。。
    そう思わずにはいられないです。

  • 見城徹
    K0183K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    今日は、比較的落ち着いた一日です。そういう時は、投稿する話題もなく、何を書こうかなと考えていました。それでも、書くことで少しでも自分を顧みる時間を作る。

    ふと、職場の机に置かれた本に目が留まりました。
    『奇跡のバックホーム』、『栄光のバックホーム』、『奇跡のバックホームから、栄光のバックホームへ』、『男の粋な生き方』、『「私」という男の生涯』、そして『調理場という戦場』――。

    あれ? もしかして……。
    明日で、コート・ドールが閉店してちょうど一年になることに気づいた。
    全く狙ったわけではないのに、机の上の本たちが、そっと教えてくれたような気がしました。不思議なご縁を感じます。

    コート・ドールは、私を彩ってくれた存在の一つです。
    昔付き合っていた女性とよく訪れた場所でした。彼女がいつも「ひとときの安らぎ」って言っていた。子供に戻ったように胸を躍らせながらレストランのドアを開けるあの気持ち。コート・ドールはただ美味しい食事を提供するだけではなく、訪れる人の人生に少しだけ違った物語を付与してくれる存在だった。伴侶と同じように「生涯愛せるかどうか」の存在だったと思います。本当にいいレストランだった。

    音楽や文章は悲しみを表現できますが、料理で悲しみは表現しづらい。
    ただ、「記憶の中の味」には、どうしても悲しみがアクセントとしてほろ苦く感じられます。かつての恋人を思い返し、「もう一度、逢いたい――」と叶わなくとも密かに思い焦がれるように、甘くも切ない大人の恋のような香りがする。誰にも知られないように心の奥底に閉じ込めた愛情のように、私には感じられるのです。

    偉大なシェフが包丁を置くとき、一つの時代が終わる。けれど、「忘れ去られる」のではなく「忘れられない」存在になる。その記憶は極めて唯美的で、泡沫の、でも永遠の――「もう味わうことはできない」ことは時に残酷ですが、「記憶の中の味」とはそのようなものなのかもしれません。

    斉須シェフが「調理場」を「戦場」と呼んだように、私もまた、自分の現場という名の戦場に立ち続けています。どんなに時が過ぎても、現場の緊張感、そして「もっとできたはずだ」という自己嫌悪から逃れることはできません。しかし、その痛みがあるからこそ、次の一歩を覚悟を持って踏み出せるのだと。

    「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。
    本日もよろしくお願い申し上げます。