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見城徹

見城さんの『深夜特急』の書評はほんとにすごい…。 僕は高校生のとき『深夜特急』にどハマりし、大学に入り沢木さんの講演会かなにかで、沢木さんにバックパックにサインをしてもらい、そのバックパックを背負って毎年一ヶ月近くはインドなどを一人旅していた。 しかし、自分のなかで、この旅という行為が何たるかをはっきりと言語化できていなかった。 「一人で海外に行って修羅場に巻き込まれるとワクワクする」みたいな浅薄なことを言っていただけだった。 しかし、見城さんの 〝旅の本質とは「自分の貨幣と言語が通じない場所に行く」という点にある。貨幣と言語は、これまでの自分が築き上げてきたものにほかならない。それが通じない場所に行くということは、全てが「外部」の環境にさらされることを意味する。 そうした環境では自己愛は成立し得ず、裸形の自分がさらけ出される。だから僕は、旅ほど人生を改変することに作用するものはないと思っている。〟 という言葉を聞き、自分が旅になにを求めていたか、旅から何を得て、人生にいかに作用していたかを知った。 何年も前に、ただしていた旅が、また意味を持ち出して、正確な言葉で言い表すことがいかに大切か、改めて気付かされた。 見城さんは、どんな些細な内容の会話でも、指示でも正確に言葉を使い、すこし違うと思うと表現を変え、言葉を選びなおす。 この言葉との格闘が「ヒンシュクは金を出してでも買え」「憂鬱でなければ仕事じゃない」などのコピーを生み、さらに見城さんの分厚い人生を切り拓いてきたんだと感じる。 この記事を読むと、正確な言葉を獲得するということがいかに大切かが分かる。 ⬆︎ 「みのわ」によるNews Picksへのコメント。

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