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見城徹

 吉本隆明著 1952~53 「分裂病者」 不安な季節が秋になる そうしてきみのもうひとりのきみはけっしてかえってこない きみははやく錯覚からさめよ きみはまだきみが女の愛をうしなったのだとおもっている おう きみの喪失の感覚は 全世界的なものだ きみはそのちいさな肺でひとりの女をではなく ほんとうは屈辱にしずんだ風景を抱くことができるか きみは火山のように噴きだす全世界の革命と それをとりまくおもたい気圧や温度を ひとつの加担のうちにとらえることができるか きみのもうひとりのきみはけっしてかえってこない かれはきみからもち逃げした 日づけのついた擬牧歌のノートと 女たちの愛ややさしさを 睡ることの安息と 秩序や神にたいする是認のこころと 狡猾なからくりのおもしろさと ひものついた安楽と ほとんど過去の記憶のぜんぶを なじめなくなったきみの風景が秋になる きみはアジアのはてのわいせつな都会で ほとんどあらゆる屈辱の花が女たちの欲望のあいだからひらいた 街路をあゆむのを幻影のようにみている きみは妄想と孤独とが被害となっておとずれるのをしっている きみの葬列がまえとうしろからやってくるのを感ずる きみは廃人の眼で どんな憎悪のメトロポオルをも散策する きみはちいさな恢復とちいさな信頼をひつようとしていると 医師どもが告げるとしても 信じなくていい きみの喪失の感覚は 全世界的なものだ にんげんのおおきな雪崩にのってやがて冬がくる きみの救済と治療とはそれをささえることにかかっている きみのもうひとりのきみはけっしてかえってこない きみはかれが衝げき器のヴォルテイジによってかえると信ずるか おう それを信じまい きみの落下ときみの内閉とは全世界的なものだ 不安な秋を不安な小鳥たちがわたる 小鳥たちの無言はきみの無言をうつしている 小鳥たちが悽惨な空にちらばるとき きみの精神も悽惨な未来へちらばる あわれな不安な季節め きみが患者としてあゆむ地球は アジアのはてに牢獄と風てん病院をこしらえている

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