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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    イスマエルイスマエル

    コロナ終わったら
    末弟と一緒に靖國神社に行ってみようと思います。

    今更かも知れませんが考えた事なくて
    安倍元総理のニュースを見て
    ああ、私もするべきだなと。
    要人でもない普通の国民ですが
    祖父2人とも戦地に赴き無事帰って来たけど、帰ってこれなかった御霊を祀るのは当然だと考える様になりました。

  • 見城徹
    見城徹

    「靖国神社で会おう」を合言葉に日本国のために命を捧げた英霊たち。それがどんなに間違った戦争であろうと、国家の命令で彼らは戦ったのである。明治以降の日本の内戦・戦争で若き命を散らした英霊を参拝するのは日本人として当然だと思います。

  • 見城徹
    ベガーズバンケットベガーズバンケット
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    https://youtu.be/MKP83Ux5WHQ

    記憶に残る代打HRベスト3

    2009年Wシリーズ第二戦 松井
    第一回WBC 準決勝 福留
    日本シリーズ巨人ー近鉄最終戦 中畑

    2009年のWシリーズは全てライブで観たし、特に第二戦の決勝となった内角に沈んで来るボールを捉えたホームランは圧巻だった。
    そして、フィリーズは負ければ終わりの第六戦で再びマルチネスが先発登板。
    闘志剥き出しでマウンドに立ち、自分の間合いで時間をかける松井に「早く打席に入れ」と促したり、少しイラついていた様子も窺えた。
    そして、またしてもマルチネスからHRを放つなど、見城さんが仰る様に神がかっていた松井の紛れもないキャリア頂点を目の当たりにする事が出来た。
    この2009年Wシリーズは、勝負の世界でいう紙一重の差とはどういうものなのかを具象化し、野球ファン以外へも十分にアプローチ出来た、そんな素晴らしいシリーズだった様に思う。

  • 見城徹
    見城徹

    ワールドシリーズを最後にヤンキースを出されるのは明白だった。あの大活躍は松井秀喜の意地とプライドが神を降臨させたとしか思えない。アジア人として初のワールドシリーズMVPを受賞して、松井秀喜はエンゼルスに移籍する。怪我の後遺症もあったが既に神の祝福は尽きていた。勝手な結果論であるが、あのMVPで大リーグ生活を引退していたら、鮮やかだったなあ。

  • 見城徹
    見城徹

    デサント・レディース 東海クラッシックの17番、18番、プレイオフ最初のホールの古江彩佳と東浩子のデットヒートは見応えがあった。18番で長いパットを古江彩佳が決め、東浩子が長いパットを入れ返し、プレーオフに持ち込んだ時は東浩子が勝てると思ったが、プレーオフ最初のミドルホールで古江彩佳の物凄い第2打が決まり万事休した。苦節9年の東浩子に勝たせたかった。17番の短いパットを決めておけば東浩子のツアー初優勝だったが、後からは何とでも言える。行き詰まる熱戦。勝負の醍醐味を満喫した。

  • 見城徹
    ホワイトホワイト
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    「苦節」と聞くと、2000年の日本ダービーを思い出すんです。

    河内洋さんが、苦節27年めにして臨んだ一戦。
    アグネスレディー、アグネスフローラ、祖母、母の手綱を取り、その子供アグネスフライトで挑んだダービー制覇。
    ライバルは、同じ武田作十郎調教師の門下であった、弟弟子である武豊の駆る皐月賞馬、エアシャカールでした。

    最後の直線、衰えぬ末脚で粘り込みを図るエアシャカールに、外から豪快な追い込みで並ぶアグネスフライト。
    私は、兄弟子の初ダービー制覇を目前に、既に称号を手に入れている弟弟子は、心持ちにでも手綱が緩むのではないか、と考えたりもしましたが、武豊騎手は、容赦なく馬体をぶつけんがばかりに合わせて行き、壮絶な叩き合いとなりました。
    ゴールはハナ差。
    アグネスフライトが、火が出んかの接戦を制しました。

    河内洋さんの初の戴冠に華を添えたのは、紛れもなく、本気で潰しにかかった、武豊さんの騎乗だったんです。
    苦節27年も、兄弟弟子も、勝負の前では無意味であるということを、まざまざと見せつけてくれました。

    今見返しても、「ユタカ、血も涙もないな 笑」なんて毒づきながらも、プロフェッショナル同士の熱い熱い一戦に、手に汗を握ってしまうんです。

    ( 。・_・。 ) 🏇

    #2000年日本ダービー
    #2000年東京優駿
    #河内洋
    #武豊
    #武田作十郎