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見城徹

昨夜の会食は感慨深かった。何かと何かがクロスした。何かで胸が満たされた。何かに辿り着いた瞬間だった。 井伏鱒二が訳した晩唐の詩人・于武陵の漢詩[勧酒]の一節「花に嵐のたとえもあるぞ。サヨナラだけが人生だ」が全身に染み渡った。           勧君金屈巵          満酌不須辞          花発多風雨          人生足別離    

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見城徹のトーク
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  • 見城徹
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    お店の皆さんと記念撮影。若々しかったマスターは89歳になっていました。初恋が実った卒業式の日に海岸を歩いた後、彼女と一緒にこの店に来たのが昨日のように思い出されます。

  • 見城徹
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    ⬆︎ 物凄く伝わって来ました。有難う。仕事をして来て良かったなあと感無量です。悩みながら、苦しみながら、痛い想いをしてここまで来ました。どの作品も書き手との魂の擦れあいの中で出来あがったものですから自分の生き方が作品の何処かに影を落としているはずです。編集者としてそれを感じて頂ければそれに勝る喜びはありません。七転八倒して来た甲斐があるというものです。自分の精神の手形を書き手の胸深くに刻印したい。それが僕の編集という仕事です。そしてだから、編集の仕事は面白く病み付きになるのです。「編集者という病い」ですね(笑)。

  • 見城徹
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    「土地の日」に火炎となりて君逝きし砂漠に眠る友の傍ら

    ーー重房信子歌集[ジャスミンを銃口に]

  • 見城徹
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    ⬆︎ 2002年3月30日、パレスチナ「土地の日」に檜森孝雄が日比谷公園で抗議の焼身自殺。若き日の友たちとの約束を守り抜き、友たちの墓標に連なった。享年54歳。

  • 見城徹
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    ↑ これは痺れる短歌だ。若き日に夢見た[革命]。志を同じゅうする友たちとの約束。奥平剛士を始めとするアラブに散って逝った者たちの真っ直ぐな眼差しと微笑。檜森孝雄は自分がヌケヌケと生き延びたことに罪悪感を持って生きた。2002年3月30日。彼は若き日の約束を果たして友たちの墓標に連なった。日本赤軍の重信房子は20年の懲役刑を終えて来年出所する。

    運動房に野鳩の羽根のやわらかき一本拾いて世界に触れる

    インターは一人歌えばなおさらにさびしきものと独房で知る

    獄舎より誕生祝いの母への文描けるかぎりの花束を描く

    ーー重信房子歌集[ジャスミンを銃口に]

    涙が止まらない。

  • 見城徹
    てんあつてんあつ

    ↑2021年4月に、755へupされた見城さんのご投稿より。

    今日の見城さんの過去トークからのリトークは以上になります。
    おはようございます。