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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹見城徹
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    大学の卒業記念誌[三田会114]の就職先欄に「さすらいのギャンブラー」と書いた。かなりの騒ぎになった。しかし僕の本当の気持ちだった。三井物産とか三菱銀行、ソニーなんて書いている人たちに吐き気がした。人生のギャンブラーをいつまで続けられるか?僕の就職先はさすらいのギャンブラーなのだ。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2019年4月の投稿をリトークさせて頂きます。

    就職先欄に親父が書いた言葉。
    「さすらいのギャンブラー」。

    安心、安全、安定なんてまっぴらごめん。
    微温を断ち切り選ぶのは、ひりつきながら生きる道。
    命を燃やせ。人生を賭けろ。

    本日も皆様、宜しくお願い致します。

  • 見城徹
    ikutamaikutama
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    2017年3月3日。午後から豊洲市場の問題について記者会見を予定していた石原慎太郎さんは自宅前に集まった報道陣に「果たし合いに出掛ける昔の侍の気持ち」と心境を伝えている。決戦前夜、石原さんは見城さんと過ごしていた。

    [「私」という男の生涯]の補記読み直し、見城さんが初めて担当した連載が[戦士の羽飾り]だったことを知りました。石原さんと見城さんが交わした心。学ばせて頂きます。

  • 見城徹
    ikutamaikutama

    小学館から出た矢沢永吉のベストセラー[成りあがり]を角川文庫から出すように交渉し、実現したギャンブル。尾崎豊の復活に賭け、命懸けで支え、総力を上げて特集した。トップシークレットで初版50万部を準備し郷ひろみの[ダディ]を発売した。見城さんは編集者として、自分が知らない世界に賭け続けた。さすらいのギャンブラーとして、角川書店を辞めて幻冬舎を設立した。「さすらいの精神」を取り戻すために上場廃止に賭けた。そして、人生を賭けた映画[栄光のバックホーム]。
    『誤解を恐れず、理解を求めず』この世あらざるものを作る「孤独の賭け」。まさに『さすらいのギャンブラー』です。

  • 見城徹
    斉藤徹斉藤徹

    昔の僕は、与えられたら返す人ではありましたが、自分から先に与える人ではありませんでした。相手が与えてくれる人だと分かってから返す。
    あるいは、与えてもらってから返す。そんなスタンスでした。振り返ると、その姿勢が自分の成長をどこかで止めていたのだと思います。
    あるとき見城さんに言われました。
    お前のそのクールでドライなやり方でも、ここまでは来たよな。その計算高さで、10億の利益までは出せた。でも、もし100億の利益を出す世界に行きたいなら、その計算高さは捨てた方がいい。
    クールでドライであること。そして計算高さ。
    これは経営の初期ではむしろ強い武器です。
    合理的に判断し、損をしないように意思決定をしていけば、会社はある程度の規模までは成長します。ただ、ある段階で壁にぶつかる。
    人がついてこない。応援されない。大きな流れが起きない。
    そのときに必要になるのは、計算ではなく信頼なのだと思います。
    見城さんが言った「計算高さを捨てろ」という言葉は、計算するなという意味ではなく、損得より信頼を取れ、ということだったのだと思います。
    最初は正直ドキッとしました。でもその言葉を受け入れることができたのは、見城さんが100%僕のことを思って言ってくれていると分かっていたからです。そこにはすでに信頼関係がありました。
    だからこそ、自分の考え方を変えようと思えました。今は、できるだけ自分から先に与える人でありたいと思っています。
    もちろん人間関係は一方通行では続きません。ただ、まず自分が与える側でいる。その方が、人も集まり、物事も大きく動く。最近はそんな実感を持つようになりました。
    信頼は、計算の先には生まれない。
    先に差し出したものの上にしか、生まれないのだと思います。そして振り返ると、自分が一番苦しかった時に手を差し伸べてくれた人たちは、誰も計算していませんでした。
    だからこそ今は思います。与えるということは、誰かのためであると同時に、自分の人生の幅を広げることでもある。そしてそれを続けるには、覚悟がいるのだと思います。