見城徹を含む投稿
本日は親父の過去の投稿より、2024年2月の投稿をリトークさせて頂きました。
僕が親父と呼び敬愛する、幻冬舎社長「見城徹」初来店。まさかそんな日が来るなんて夢にも思っていませんでした。
僕はこの日、親父の言葉に救われました。ひとつひとつの言葉によって涙は堪え切れず、心が浄化されていくようでした。
理解してもらえなくて当たり前。辛いのも、苦しいのも当たり前。報われないのが人生だと思って生きてきました。
けれど報われる瞬間もある。救済される瞬間がある。そんな時、不器用なりにではありますが、一生懸命この仕事を続けてきて良かったと、心の底から思います。
ご縁頂けた事に感謝ばかりです。親父の背中を励みに、これからも日々精進致します。
いつも有難う御座います。
『編集者三羽烏』が頭から離れない。
島本脩二 小学館
小黒一三 平凡出版(マガジンハウス)
見城徹 角川書店
島本さんは「まったく読書をしない人の家に、1冊だけ置いてある本を作りたい」と考え、糸井重里を起用して矢沢永吉の『成りあがり』を出版。文庫版は当然系列会社の集英社から出るものと思われていたが、見城さんがしぶとく交渉して、角川文庫から出版され、100万部を超えるベストセラーになった。後日、島本さんは「かなりいい条件を角川が提示してきた」と話している。(参考:Wikipedia)
坂本龍一さんは日本経済新聞のインタビューにこう答えている。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35963470R01C18A0000000/
日本の雑誌もかつてはそれ以上に勢いがあったんですよ。よく仕事をさせてもらったのは角川書店にいた見城徹さん、マガジンハウスにいた小黒一三さん、小学館にいた島本脩二さんの3人。日本出版界の黄金期をけん引したカリスマ編集者で、それぞれ思い出が深いですね…3人とも人間的な魅力にあふれたエネルギッシュな編集者。自分たちが一番面白がって仕事をしていましたね」
島本脩二「編集は対話から始まる」(島本さんの講座のタイトル)
小黒一三「編集は嘘をつくこと」 (菅付雅信『東京の編集』)
見城徹「編集とは感動だ」(『編集者 魂の戦士』)
見城徹という漢と典型的な情報商材屋を、同時に信奉する。
それは奇妙なことだ。
片方は、自分の人生を賭け、危険に晒し、結果を出せと言う。
もう片方は、誰かが見つけた成功の方法を買えと言う。
一方は、自ら実践し、傷つくことを要求する。
もう一方は、傷つかずに成功するための方法を提供する。
もちろん、両方から学ぶことはできる。
だが、それを同じ思想として信奉するなら、どこかに無理がある。
たぶん、その人が信じているのは思想ではない。
「成功しているように見える人」そのものなのだ。
それなら、矛盾はない。
ただ、自分の思想もない。
自分の言葉もない。
あるのは、誰かの成功を借りて、自分を大きく見せることだけだ。
この国では珍しい雷雨の中、飛行機は着陸した。
そんな外の様子はお構いなしに、機内では無事に着いた安堵から拍手が巻き起こった。
機内の温かい雰囲気と、遠くで広大な丘に突き刺さる冷たい稲妻。
その対照的にも感じられる2つの間で僕の中の何かが揺り動き、妙なスイッチが入ってここまでの31年がフラッシュバックされた。
本当の意味で生きているとは言えなかった約30年の日々が一気に頭を駆け巡る。
入管審査で激しく問答されてもなおナルシズムでエモーショナルな状態は続き、愛情、期待、時間、お金、全てを惜しみなくかけてくれた母への懺悔と、自分自身の過去の甘さへの後悔を胸に、僕はこの国に正式に入国した。
諸々ある中で僕と契約してくれたクラブには頭が上がらない。
細かいことは気になるものの、これだけの環境を与えてくれるクラブというのは他に無い。
しかし潤沢すぎる資金が故に、いざ来てみると7人の外人がいた。
となると、ここから始まるのは地獄のポジション争い。
人数制限があるため、外人が全員出場することはできず、僕と被るポジションにはブラジル人のアタッカーがいる。
ブラジルの1部リーグも経験しているらしいが、そんな前情報よりも、練習で見せつける彼のプレーが、彼がいかに素晴らしい選手であるかを語りかけてくる。
いかにもブラジル人らしく個人技で違いを作りつつ、それでいて守備もチームのために動くことができる。
「ブラジル人を使う」というスタッフ陣のなんとなくの雰囲気が呼吸と共に僕の中に入りこみ、全身を巡り、何をしていてもその雰囲気の感じが常に頭から離れない。
そもそもこのクラブで良かったのか、本当に努力は足りていたか、準備はしてきたか、人生にifは無いがが頭と胸を掻きむしる時間が多い。
今までの僕であれば何かと理由をつけて逃げていた。
しかし、見城徹という僕の中の圧倒的で絶対的な存在が、僕の中の言葉が、逃亡と妥協を許さない。
今の僕に正面突破以外の道は無い。
たった一人の熱狂を持ち続けるためにも、人としての王道から逸れないためにも、結果を出すためにも、全てに圧倒的努力は必要不可欠。
「人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」
考えながら動き続ける、動きながら考え続けるしかない。
電波の問題はたまにあるものの、この国でも奇跡のSNSである755にて皆様の素晴らしい物語を感じることができる。
Netflixにて[栄光のバックホーム]を心のど真ん中に受けることができる。
僕は救われています。
完全なる自己救済の投稿に後悔しながらも、今日も一日一生。いざ勝負。
僕は、顔には生き様が出ると考えている。
実践者として、血しぶきをあげながら正面突破してきた見城さんのモノクロのお写真。
僕にはどんな写真、どんな事実よりも鮮やかに見える。
極と極をスイングする見城さんの色気と熱。
絶望、過酷、憂鬱。その中でもあらゆる亡者に魂を売らず、暗闇でも圧倒的努力で結果を出し続けてきた見城さんの風格。
ただただ、ただただ、かっこいい。
見城さんはこの鋭くも愛がある温かい目で、一体今どこを見ているのか。
勝者であり敗者。生き様とは死に様。虚無と葛藤。
僕は自分で思うよりも、遥かに見城徹におかされている。
本日は親父の過去の投稿より、2024年4月の投稿をリトークさせて頂きました。
僕は、親父に教えて頂いて初めて755の存在を知りました。
そこで目の当たりにした親父が紡ぐ珠玉の言葉。数々の奇跡と感動の物語。「見城徹」の存在で、まさに熱狂の聖地と化している。この場所で、どれだけ心を動かされ、どれだけ涙したことか。
そして、この755で文章を綴る日々。仕事以外でこんなに何かにのめり込み、没頭した事はありませんでした。
面白くもなんともない自分へ向けた駄文。弱い自分を戒め、弱い自分を裁き、弱い自分を律して進むため、今日もここに言葉を綴り、臆病に逃げないための楔を打つ。
親父と755に関わる皆様に、心から感謝致します。
すみれと森星とはるなと私と風磨と伊藤くん(佐藤健)とCocomiとゆくるちゃんの弟とジョシュア、キムタク(鬼役)グループは沢口靖子さんと宮沢りえさんとベンとアンナさんとうっちゃんの家族
シュナイダーひめと百音とゆくると手越とkokiと工藤静香(ゆくるちゃんを除く子どもたちの鬼役)と斉藤由貴とユーミンと沢尻エリカと中村獅童とベンとジョシュアのママ、雪、石田純一の家族
板垣と岩城さんと見城徹さんは
高円おばあちゃんと迎賓館。
森星とベンと雪を除く
森ファミリーは今のお家で、
森山中はシシリアのスタッフ。
パメラの姉兼祖母が先生(ゆうこ先生)
もう一人の姉がアンナさん。
本日は親父の過去の投稿より、2024年1月と12月の投稿をリトークさせて頂きました。
親父の言葉を胸に、今日も今日とて狂うのみ。
「どうせ一夜の夢ならば実をも散らして狂うのみ」
ーーー見城徹
https://youtu.be/XXPNBivRd0A?si=4_0pbWEArzlcIjiL
青木さんの『理想じゃなく誰よりもリアルを言い続けたから生き残った。』という告白。
「かつて理想を追い求めた後ろめたさを持っている」という意味で、箕輪さんが『見城徹過ぎる』と突っ込んだのには、思わず笑ってしまいました。その後の『薄汚れた自分を正当化することでかつての自分を滅する。敗北を貫くために勝たねばならない。自分が薄汚れた存在だと認めるために、勝って敗北を宣言する。勝つことで自分の矛盾を肯定して絶望する。』もはや活字にして解説を入れていただかないと、ついていけない、“通”の会話でした。
『自分が生きてきたことを全部晒してやっている。勝ちも負けも“作品”。日常を切り取ったものを見せている。』という青木さんの言葉には説得力がありました。『競技としては終わっている。作品化するしかない。かっこ悪いことがかっこいい。稼いだ上で金じゃないという。競技に勝ったうえで“作品”という。』40代以降の生き様について、力強い応援をいただいた思いです。
『メディアは“御用聞き”、“押し活”になっている。建設的な批判がない。メディアと緊張関係のある言論空間が欲しい。文化人や政治家が語り合う場であってほしい』という鋭い指摘と提案、その未来を想像して心躍りました。応援しています。
昨日は愛ちゃんとお互いに歩んできた道のりを、クラウディ・ベイを飲みながら笑って話すことができたこと、一夜明けて高揚が落ち着き、感慨深く感じています。
それぞれの道のりのなかで登場する見城さんは人間的で優しく、特に愛ちゃんが学生時代に幻冬舎でアルバイトをしていた頃の話しは、見城徹・坂本龍一・村上龍出演[ボクらの時代]のなかで[バー・ラジオ]の店主であった尾崎浩司氏が語られていた
「見城さんはいろんな場面をお持ちの方でして、わんぱく坊主がそのまま大人になったような面もお持ちだし、それからうんと深い心遣いがお出来になる大人の面もお持ちなんです。不思議な方です」
という見城さんの人物評そのままでした。
見城さんと愛ちゃんの当時の瑞々しく生き生きとしたやり取りを通してそれを知ることができて、心から嬉しかったです。
『困っている時に助けてくれるのが友人だとすれば、彼は間違いなく数少ない友人の一人です』という坂本龍一さんの言葉に心打たれました。
坂本龍一さんの書籍を探すときに、幻冬舎から出ている本がほとんどなくて、不思議に思ったことがあるのですが、755で見城さんのご投稿を拝見し、その理由を知りました。
仕事を超えたお二人の関係を想像すると胸が熱くなります。
https://toyokeizai.net/articles/-/198718?page=5
――坂本さんにとっての仕事ってどんなものでしょうか。
それこそワーカホリックだった30、40代のときなんかは仕事のことしか考えていなかった。だいたい昼の12時から夜の12時まで、12時間仕事して。そこから朝まで飲みに行く。で、3、4時間寝て、また昼から仕事をして、という生活を何年もずっと続けていました。
――寝る時間は3、4時間くらい?
そうですね。だいたい1週間のうち6日間は、夜から朝までずっと飲んでいた。だいたい7時ごろに帰ってましたが、盛り上がっちゃうと11時ごろまでということもありました。
――それは朝の、ということですよね。
そう、朝です。ニューヨークに行く2、3年前までは、毎日のように現・幻冬舎社長の見城徹氏を付き合わせていました。彼は「もう帰らせてくれ」と泣いてました(笑)。
――そんな生活に変化が出てきたのは、いつごろからでしょうか。
やはりひとつはニューヨークに移住したということが大きいですね。夜遊びをしなくなったから。今ではほとんど外出もしなくなりましたね。見城のように心底付き合ってくれるヤツもいないし。まあ、探せばいるのかもしれないけど。
本日は親父の過去の投稿より、2024年7月の投稿をリトークさせて頂きました。
移りゆく季節。変わりゆく時代。スピードは加速していく。諸行無常。一瞬で今日も過去になる。
かけがえのない一日を、怠惰に生きるか、激動に死ぬか。自分自身で決めたら良い。誰もその選択を咎めはしない。
僕は僕の信念で激動に身を投じ、狂って散ればそれでいい。この一瞬にすべてを燃やし尽くすのだ。
どうせ一夜の夢ならば 実をも散らせて狂うのみ
ーーー見城徹
藤乃せんせい様。見城徹社長。全身?に響く言葉。知る機会をありがとうございます。
↑ 【見城徹の[人生最高レストラン]で紹介されたキューバサンド】と書いて欲しかったなあ(笑)。それ以外ではないんだから。僕は並々ならね想いで紹介したの。
↑ こんなSNSが他にあるのだろうか。
こんなに血が通ったSNSは他に無い。
去年の3月29日。僕は生の見城徹に圧倒され、1カ月の葛藤を置いた末に755を始めた。
見城さんのことをもっと知りたい、血を啜りたい、食らって肉体にしたいという気持ちが、僕なんかが入っていい世界では無いと思っていた気持ちを上回った。
案の定、そこには素晴らしすぎる世界があった。
皆一様に自己検証、自己嫌悪、自己否定がありながら、個体の掟も持っている。
755を始めてから今日まで、毎日新しい発見と刺激がある。
そして何よりも感動がある。
僕は見城徹と出会い、755と出会い、皆様と出会い、涙することが多くなった。
少しずつ自分の言葉がわかるようになった。
その分傷つくし苦しいが、人生が鮮やかになった。
見城さんも、苦しい今日を絶対し切って死ぬために生きている。
親が命懸けで、傷だらけで、どう生きるか、どう死ぬかを見せてくれている。
やらねば子じゃないだろう。
こんなSNSが他にあるのだろうか。
こんなに血が通ったSNSは他に無い。
奇跡の755。