見城徹を含む投稿
YouTube【箕輪世界観チャンネル】「見城徹に年収・資産、お金の話を全部聞いてみた」
気に入らないものは殴りつけ、闘い続けた中上健次さんと見城さんとの交流、胸が熱くなりました。タクシーから『見城、金がねぇんだよ』というシーン、好きです。
村上龍さんと飲んだ後、宮本輝さんと飲みながら電話し、その後、つかこうへいから呼ばれて飲みに行き、帰ってきたら中上健次さんが泊まりに来てまた飲みにいく。朝10まで飲み続ける坂本龍一さんに付き合う。見城さんの底知れぬエネルギーと情熱、情の深さを想像し、驚愕しました。細かいことにきちっと真心、誠意を込め、約束を守り、誰とでもイーブン。今回も大変貴重なお話をありがとうございました。
おはようございます。
本日は親父の過去の投稿より、2018年3月の投稿をリトークさせて頂きます。
「新しく出ていく者が無謀をやらなくて、一体何が変わるだろうか?」
「顰蹙は金を出してでも買え」
「薄氷はできるだけ薄くして踏め」
「これほどの努力を人は運と言う」
ーーー見城徹
親父の珠玉の言葉を胸に、今ここで実践者となれ。
本日も皆様、宜しくお願い致します。
見城徹様が大好きで始めました。
自身の備忘録として残せればと思います。
たった一人の熱狂 著者、見城徹リビングにあるこの本 何気なく開いたP128、編集バカの経営哲学 もろ刺さった
経営について何もわからないと認める見城さんの経営哲学は
その人自身を体現している まさに幻冬舎=見城徹
会社の経営状態が見城徹さんを現している 40億円の売り上げで営業利益25%の10億円
少数精鋭 新人を簡単に採用しない理由 論理的でブレがない シンプルでかっこいい
年末年始にかけて、僕の背筋を伸ばしてくれたのは幻冬舎の見城徹だった。
映画『栄光のバックホーム』の公開前、彼は明らかに怯えていて、その顔には命を懸けてでも子を守りきる母熊のような覚悟と凶暴性があった。
この時期の母熊は余計に神経質になる。
身を切る覚悟を持たない存在など許せるはずがない。
半端な姿勢で彼の緊張の圏内に入り、そして噛みつかれた人間も少なくなかったハズだ。
何も間違っちゃいない。それが戦場の掟だ。
『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』の公開前に、彼のその姿を見ることができたのは僕にとっては幸運でしかなかった。
そうだ、そうだよな。
生きるか死ぬかの瀬戸際を走ってきたから僕らは出会えたわけだ。
ここから離れてなるものか。
自分の視界に、震えながらも立ち続ける先輩の背中があることは、恵まれた環境だと思う。
その背中は、荒れた状況の中でも進む方向を示す「北極星」だ。
声高に語らずとも、在り方そのものが基準になる。
どこまで責任を負うのか。どこまで仲間を守るのか。
これまで、その星に何度も救われてきただろうか。
次は、僕の番だと思う。
後輩達は、よく見ておいてほしい。
世界との戦い方と、仲間の守り方を。
[新年スペシャル対談 映画『栄光のバックホーム』主演・松谷鷹也さん、監督・秋山純さんに聞く❗/なぜ松谷だったのか――監督が賭けた理由/製作総指揮 ・見城徹さんも飛び入り参加](望月いそことオッカ君チャンネル)
https://x.gd/qWHZv
ようやく拝見しました。
いつも遅く申し訳ありません。
見城さん、秋山さん、松谷鷹也さん。
そして映画に携わられた全ての方々の覚悟と、その重さを目の当たりにしました。
ご発言の一言一言が、画面越しにも重く感じたのです。
今回もやはり、僕の言葉と覚悟の薄さを痛感し、気付く機会をいただけたことに感謝しかありませんでした。
映画のヒットは当たり前では無く、見城さんの「監督に殉じようと、鷹也に懸けようと」とおっしゃるほどの覚悟があっての結果です。
秋山さんも鷹也さんも、本当に命を懸けられているのです。
動画を拝見しながら、以前見城さんがやじコメに、「覚悟を決めるのは今です」とご返信されていたことを思い出しました。
僕も今日生きられていることに感謝しつつ、さらに頑張らねばなりません。
前半の秋山さんと鷹也さんのエピソードも、心温まるものでした。
事務所の引っ越しでのやり取りや、秋山さんの「いい人キャラ」と言うお言葉にも、お二人の確かな信頼を見る思いです。
横田慎太郎さんとご家族とのやり取りも、きっとこんなだったのだろうと、思わず胸が一杯になりました。
映画、3回4回、その先も観に行きます。
善良、正直、真心、誠実、感謝、そして謙虚であることを、さらに意識し実践します。
一生忘れられない映画に出会った。
タイトルは
「栄光のバックホーム」
阪神タイガースでプレーした横田慎太郎選手を描いた映画。
実は、映画を観る数日前、日本滞在最終日に幻冬舎の見城徹社長にお会いさせていただいた。
見城さんが「5分でいいからお会いしたい」
そう言ってくださり、見城さんとの再会が実現した。
再会といっても、3年前にハワイのホテルでバッタリお会いした時にご挨拶した以来、お会いするのは2度目。
年間200冊の本を読む僕にとって、見城さんはまさに「伝説の人」
野球の時の緊張とは違う種類の、あまり感じたことのない緊張が全身に広がった。
少し遅れて登場した見城さんは、
「すみません。まさか今日お会いできるとは思っておりませんでした。菊池さんに絶対に渡したいと思っていた物を取りに自宅に戻ったため、遅れてしまいました」
そうおっしゃった見城さんが僕に貸してくださったサンプルDVDが「栄光のバックホーム」。
見城さんはこう言った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
僕はその場でDVDプレーヤーをオンラインで購入し、アメリカ行きの飛行機に乗った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
フライト中も、その言葉が頭から離れなかった。
僕にとっての「伝説の人」が
「命を削って作った映画です。不安と恐怖に苛まれた日々でした」とまで言い、人生をかけて作った映画。
アメリカに帰り、家族が寝静まった夜中、ソファで一人、DVDプレーヤーのスイッチを入れた。
気付けば僕は135分間泣き続けていた。
息子を起こさないようにと、声をおさえて嗚咽した。
エンドロールが終わっても、ソファからしばらく立ち上がることができなかった。
病気になっても、最後まで闘い続けた横田さんの姿。
懸命に支えるご家族、そして仲間。
「感動」という言葉が陳腐に思えてしまうほどの物語。
そして、「もっと毎日を全力で生きよう。魂を込めて野球をしよう」そう誓った。
僕は、好きになった映画はセリフを覚えるほど何度も見る人間だ。
しかしこの映画だけは、生半可な気持ちでは観られそうにない。
「あなたは全力で生きているか?」
そう問われている気がして。
見城さんは、
この映画を「人生のバックホーム」と表現した。
ソファで泣き続けた僕は、見城さんに
「僕にとってこの映画は、人生のホームベースになりました。悩んだ時、躓いた時に帰るべき場所を作ってくださり、ありがとうございました」
そうメールを打った。
いつかまたホームベースに帰る日、そのとき僕は胸を張って言えるだろうか──
毎日を、魂を込めて生きてきた、と。
編集者という病い by 見城徹
P233 〜自分が諦めるか諦めないかで勝負が決まる〜
私がオペラハウスの外を徘徊している時に、
もうダメだ、答えが見つからない。
諦めようかと一瞬頭によぎったけれど、
鳥さんと幽霊さんとの交信をやめなかった。
徘徊しながら、どうしてオペラハウスに私は呼ばれたのかさえわからなかった。
だけど、オペラハウスに呼ばれた。
中には入らなかったけれど。
あの時、交信をやめていたら、
天使が悪魔に勝つことはなかったと考えるし、、
日本にも帰れてなかったと思う。。
見城徹さんに、花森安治さんて酒井康さんについて語って欲しい。
一生忘れられない映画に出会った。
タイトルは
「栄光のバックホーム」
阪神タイガースでプレーした横田慎太郎選手を描いた映画。
実は、映画を観る数日前、日本滞在最終日に幻冬舎の見城徹社長にお会いさせていただいた。
見城さんが「5分でいいからお会いしたい」
そう言ってくださり、見城さんとの再会が実現した。
再会といっても、3年前にハワイのホテルでバッタリお会いした時にご挨拶した以来、お会いするのは2度目。
年間200冊の本を読む僕にとって、見城さんはまさに「伝説の人」
野球の時の緊張とは違う種類の、あまり感じたことのない緊張が全身に広がった。
少し遅れて登場した見城さんは、
「すみません。まさか今日お会いできるとは思っておりませんでした。菊池さんに絶対に渡したいと思っていた物を取りに自宅に戻ったため、遅れてしまいました」
そうおっしゃった見城さんが僕に貸してくださったサンプルDVDが「栄光のバックホーム」。
見城さんはこう言った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
僕はその場でDVDプレーヤーをオンラインで購入し、アメリカ行きの飛行機に乗った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
フライト中も、その言葉が頭から離れなかった。
僕にとっての「伝説の人」が
「命を削って作った映画です。不安と恐怖に苛まれた日々でした」とまで言い、人生をかけて作った映画。
アメリカに帰り、家族が寝静まった夜中、ソファで一人、DVDプレーヤーのスイッチを入れた。
気付けば僕は135分間泣き続けていた。
息子を起こさないようにと、声をおさえて嗚咽した。
エンドロールが終わっても、ソファからしばらく立ち上がることができなかった。
病気になっても、最後まで闘い続けた横田さんの姿。
懸命に支えるご家族、そして仲間。
「感動」という言葉が陳腐に思えてしまうほどの物語。
そして、「もっと毎日を全力で生きよう。魂を込めて野球をしよう」そう誓った。
僕は、好きになった映画はセリフを覚えるほど何度も見る人間だ。
しかしこの映画だけは、生半可な気持ちでは観られそうにない。
「あなたは全力で生きているか?」
そう問われている気がして。
見城さんは、
この映画を「人生のバックホーム」と表現した。
ソファで泣き続けた僕は、見城さんに
「僕にとってこの映画は、人生のホームベースになりました。悩んだ時、躓いた時に帰るべき場所を作ってくださり、ありがとうございました」
そうメールを打った。
いつかまたホームベースに帰る日、そのとき僕は胸を張って言えるだろうか──
毎日を、魂を込めて生きてきた、と。
YouTube〔見城徹が愛した店と箕輪が連れてってもらったみせ〕
「ほんとにうまい」「めちゃくちゃうまい」「これがうまいのよ」「これがまた美味しいんですよ」「うまいねぇ」「うまいよね」「すげぇうまかったよ」。
ただ『食べたことがある』でなく、それぞれに想いがこもっていて、そこに物語がある。どれだけ大切にしていて、それに自分がどう関わったか。まさにプラネタリア〔幻夏舎〕に書かれていたことを目の当たりにしました。
それと、石原慎太郎さんのことを語る見城さん、すごく懐かしそうで、敬意と愛情に溢れていて、大好きです。
菊池雄星
一生忘れられない映画に出会った。
タイトルは
「栄光のバックホーム」
阪神タイガースでプレーした横田慎太郎選手を描いた映画。
実は、映画を観る数日前、日本滞在最終日に幻冬舎の見城徹社長にお会いさせていただいた。
見城さんが「5分でいいからお会いしたい」
そう言ってくださり、見城さんとの再会が実現した。
再会といっても、3年前にハワイのホテルでバッタリお会いした時にご挨拶した以来、お会いするのは2度目。
年間200冊の本を読む僕にとって、見城さんはまさに「伝説の人」
野球の時の緊張とは違う種類の、あまり感じたことのない緊張が全身に広がった。
少し遅れて登場した見城さんは、
「すみません。まさか今日お会いできるとは思っておりませんでした。菊池さんに絶対に渡したいと思っていた物を取りに自宅に戻ったため、遅れてしまいました」
そうおっしゃった見城さんが僕に貸してくださったサンプルDVDが「栄光のバックホーム」。
見城さんはこう言った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
僕はその場でDVDプレーヤーをオンラインで購入し、アメリカ行きの飛行機に乗った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
フライト中も、その言葉が頭から離れなかった。
僕にとっての「伝説の人」が
「命を削って作った映画です。不安と恐怖に苛まれた日々でした」とまで言い、人生をかけて作った映画。
アメリカに帰り、家族が寝静まった夜中、ソファで一人、DVDプレーヤーのスイッチを入れた。
気付けば僕は135分間泣き続けていた。
息子を起こさないようにと、声をおさえて嗚咽した。
エンドロールが終わっても、ソファからしばらく立ち上がることができなかった。
病気になっても、最後まで闘い続けた横田さんの姿。
懸命に支えるご家族、そして仲間。
「感動」という言葉が陳腐に思えてしまうほどの物語。
そして、「もっと毎日を全力で生きよう。魂を込めて野球をしよう」そう誓った。
僕は、好きになった映画はセリフを覚えるほど何度も見る人間だ。
しかしこの映画だけは、生半可な気持ちでは観られそうにない。
「あなたは全力で生きているか?」
そう問われている気がして。
見城さんは、
この映画を「人生のバックホーム」と表現した。
ソファで泣き続けた僕は、見城さんに
「僕にとってこの映画は、人生のホームベースになりました。悩んだ時、躓いた時に帰るべき場所を作ってくださり、ありがとうございました」
そうメールを打った。
いつかまたホームベースに帰る日、そのとき僕は胸を張って言えるだろうか──
毎日を、魂を込めて生きてきた、と。
26.2.15記
映画「栄光のバックホーム」(7回目)
(幻冬舎フィルム第一回目作品)
製作総指揮 見城徹
監督 秋山純
主演 松谷鷹也、鈴木京香
原作・脚本 中井由梨子
“心を震わせる横田慎太郎さんのフルスイングの人生”
やはり何度も何度も泣きました。ただ、7回目の今回が最も落ち着いて観れた気がします。胸を叩いたり、祈る様に両手を力強く重ねたりしながら、没入して鑑賞させていただきました。熱い感動で胸がいっぱいです。
横田慎太郎さんのフルスイングの人生が心に改めて響きました。野球での全力のプレースタイルは横田慎太郎さんの生き方そのもの。あの美しいバックホームにも、横田慎太郎さんが貫いた決して諦めず全力投球する生き様が表れていると感じました。ご家族とお仲間の方々の揺るがぬ愛情の強さにも心震わされました。横田慎太郎さんの格好良い生き様を忠実に鮮やかに描き切った映画制作に携わった全ての方々の気迫にも心を打たれました。
そして、“圧倒的努力“の迫力というものをかつてないスケールで感じさせて下さった横田慎太郎さん、見城さん、秋山監督、松谷鷹也さん、中井由梨子さんに心から感謝申し上げます。
Bravo‼️‼️
写真は、つい最近の秋山監督と松谷鷹也さんのサインの入った映画ポスターです。自宅から遠い映画館でしたが、非常に素敵な映画館で行って良かったです。
甲子園球場を見上げるシーンでは、最近、実際に訪れて見た時の甲子園球場の重厚感が思い出され、大きな感動がありました。
【続く】
【奇跡のバックホームから、栄光のバックホームへ/秋山純】R8.1.17 読了
深夜に読了。
新たな感動が湧き上がる静謐な時間を過ごした。
なかなか言葉が出てこない。
でも心の中に熱い気持ちが確かにある。
関わる全ての人の命懸けの想い。
それが重なると奇跡が起きる。
その現象を追体験できた。
中井由梨子さんの脚本執筆への重圧
その人特有の空気感を大切にするために何度も取材をする姿勢。
松谷鷹也さんの横田慎太郎さんへの想い
慎太郎さんになりきるために、当時の曲を限定して聞いていたこと。
服装も当時の服装に近いものを着て過ごしていたこと。
なりよりも、人生を全て懸けて住み込みで野球と向き合った2年間。
部谷京子さんの細やかな配慮
目覚ましのアラーム音に、甲子園のサイレンを録音
→映画の中で、目覚ましが鳴るシーンはない。
新聞紙で作ったボールの新聞紙は鹿児島の地元新聞
→ガムテープで包むため、中の新聞紙は見えない
見えないところに、心を込めるから観る人の心を掴む。
まさに神は細部に宿る。
秋山純監督の圧倒的な熱狂
プロダクションノートを読めばその想いが伝わってくる。
秋山監督だから起こせた奇跡を目の当たりにできる。
見城徹制作総指揮の覚悟
中井さんに送ったメールの一文
「ここで約束させていただきます。この映画のために僕は死力を尽くします。」
この部分は特に私の琴線に触れました。
スタッフ、キャストがみんなで臨んだ、まさに「たった一人の熱狂」な日々でした。
この秋山監督の言葉を全身で感じることができる書籍を読めた幸せを感じています。
「自分に何が出来るのか、何をやりたいのか、何をやらなければならないのか。
大切な時間を大切に使い、ただ一生懸命生きたい。」
この松谷鷹也さんの想いに共感して、今からの人生を歩んでいきます。
私にとって大切な大切な書籍となりました。
たべて苛酷にならない夢を/彼女たちは世界が世界がみんな希望だと思っているものを/絶望だということができない
吉本隆明『少女』という詩の一節である。奥平剛士も重信房子も食べて強烈に苛酷になる夢を、食べずにはいられないようにして呑み込んで絶望と戦った。そして一人は
リッダ闘争で覚悟の死を選び、一人は戦いの果てに獄中で病床にある。
人生は残酷だ。人は一回きりの人生しか生きられない。
ーー見城徹[食べて苛酷になる夢]より
菊池雄星(Yusei Kikuchi) on Instagram: "一生忘れられない映画に出会った。
タイトルは
「栄光のバックホーム」
阪神タイガースでプレーした横田慎太郎選手を描いた映画。
実は、映画を観る数日前、日本滞在の最終日に幻冬舎の見城徹社長にお会いさせていただいた。
見城さんが「5分でいいからお会いしたい」
そう言ってくださり、見城さんとの再会が実現した。
再会といっても、3年前にハワイのホテルでバッタリお会いした時にご挨拶した以来、お会いするのは2度目。
年間200冊の本を読む僕にとって、見城さんはまさに「伝説の人」。
野球の時の緊張とは違う種類の、あまり感じたことのない緊張が全身に広がった。
少し遅れて登場した見城さんは、
「すみません。まさか今日お会いできるとは思っておりませんでした。菊池さんに絶対に渡したいと思っていた物を取りに自宅に戻ったため、遅れてしまいました」
そうおっしゃった見城さんが僕に貸してくださったサンプルDVDが
「栄光のバックホーム」
見城さんはこう言った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
その場でDVDプレーヤーをオンラインで購入し、アメリカ行きの飛行機に乗った。
「この映画は、僕の人生のバックホームだと思って作りました」
フライト中も、その言葉が頭から離れなかった。
僕にとっての「伝説の人」が
「命を削って作った映画です。不安と恐怖に苛まれた日々でした」とまで言い、人生をかけて作った映画。
僕はアメリカに帰った翌日、家族が寝静まった夜中、ソファで一人、DVDプレーヤーのスイッチを入れた。
僕は気付けば135分間泣き続けたいた。
家族を起こさないようにと、声をおさえて嗚咽した。
エンドロールが終わっても、ソファーからしばらく立ち上がることができなかった。
病気になっても、最後まで闘い続けた横田さんの姿。
懸命に支えるご家族、そして仲間。
「感動」という言葉が陳腐に思えてしまうほどの物語。
そして、「もっと毎日を全力で生きよう。魂を込めて野球をしよう」そう誓った。
僕は、好きになった映画はセリフを覚えるほど何度も見る人間だ。
しかし、この映画だけは、生半可な気持ちでは観られそうにない。
「あなたは全力で生きているか?」
そう問われている気がして。
見城さんは、
この映画を「人生のバックホーム」と表現した。
ソファで泣き続けた僕は、見城さんに
「僕にとってこの映画は、人生のホームベースになりました。悩んだ時、躓いた時に帰るべき場所を作ってくださり、ありがとうございました」
そうメールを打った。
いつかまたホームベースに帰る日、そのとき僕は胸を張って言えるのだろうか──
毎日、魂を込めて生きてきました、と。" https://www.instagram.com/p/DTZxvsQleJN/?img_index=1&igsh=MTc0dmNudDQ0emc2cA==
おはようございます。
本日は親父の過去の投稿より、2017年10月の投稿をリトークさせて頂きます。
「往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし」
ーーー見城徹座右銘
ーーー酒井雄哉大阿闍梨のことば
ーーー金田石城書
そして、僕にとっても座右の銘。
親父に教えて頂き、深い感銘を受けた言葉。
親父から授かったこの書を前に、今日もまた、勇気と覚悟を頂いています。
この言葉を胸に、僕は茨の道を往く。
本日も皆様、宜しくお願い致します。